「ねぇ、お二人とも男の目線の話しが多いけど、少し聞いていい?」
女将が神妙な顔つきで言った。
「お二人に聞きたいことがあるの♪“愛”てなに?」
二人は、キョトンとして女将を見た。唐突だったせいか二人の脳は停止状態となった。二人とも“愛”という言葉に抵抗があったようだ。どちらも“愛”については自信がなく、失敗か或いは失敗を失敗と思っていないか、二人はそのどちらかだったからだ。
「“愛”ねぇー?。。。」
「“愛”かぁー。。。」
誠司と彰に“愛”という質問を投げかけた女将。すっとんきょうな答えが出ると思いきや、彰が話し始めた。
「愛妻、愛犬とか?愛国もあるよ」
「でも、それって同じ“愛”じゃないでしょ」
「そう。確かギリシャ語の聖書に“愛”ってあるけど二つの意味があるらしいよ。上からの“愛”と下からの“愛”」
「何だよ、その上とか下とか?」
「違う単語を使ってるってことだよ。それを日本語にするときひつとの“愛”って言葉に訳しちゃったらしいんだ」
「へーっ。お前なんでそんなに“愛”を知ってんだ?お前、愛に悩んだな?♪」
「バカ。お前みたいに不埒な人間が考えるカラフルな“愛”とは違う」
「彰さん。その上と下からの“愛”って?」
女将が身体を少し乗り出してきた。
「愛国なんてのは、下からの“愛”だよね。愛犬って上からかの“愛”じゃないかな?」
「でも、愛犬と愛妻は並べられないわよ。ねぇ、誠司さん♪」
「そうそう。そりゃ、失礼だな」
「お前が言う方が、もっと失礼だ!」
「アハッ。まぁ、そうかもな」
「否定しないから、まぁいいだろう。聖書にさぁ“汝の敵を愛せ”ってあるだろう。例えばだ、俺が敵である誠司を愛せって言っているようなものだよ。それじゃ変だろう。この“愛”って実は“お大切に”とか“お大事に”ってことみたいなんだ。だから“敵でも大事にしろ”ってことかな。“I love you”って言うだろう。あれを今ので訳して言うなら“私はあなたを大切にします”になる」
「ふーん。なんとなくしっくりくるわぁ♪でも、何で“愛”って漢字に訳したの?」
「中国語訳の聖書に“愛”って使ってあったようなんだ。それを使ったみたい」
「じゃ、日本人って昔“愛”なんて言葉使ってなかったんだ。そうだろう彰!」
「ねぇ、じゃ日本人としての“愛”に相当する言葉って何?どんな言葉なの?」
「うーん、少しありふれているかも。名詞じゃなく動詞。つまり、誰かの“ために”何かするみたいな。それも無償でね♪」
「あーっ、俺も無償の“愛”が欲しいなーっ!」
「その前に、お前は無償の“愛”を誰かのために使わなきゃ駄目だろう!誠司!♪」
「はいはいー♪それにしても彰!お前よくそんなに“愛”について語れるよな。勉強したのか?」
「勉強じやなくて、仕事で少しは調べるさぁ。俺は、お前のカラフルな“愛”について知りたね。その“愛”は上からか下からか?無償かどうか?教えろよ!」
「あーっ、聞きたいわぁ。誠司さんの“愛”♪」
女将の好奇心は完璧だった。誠司に逃げ場は無い。
「俺の“愛”は“好きー”だ!それしかない。その、なんだ、フィーリングってやつかな」
「えっ、それだけ。もうおしまいなの?」
「あぁ、おしまい♪」
「誠司らしいよ」
「だってさぁ、俺の頭じゃ物理的に、目で見て頭で考えて反応しているだけだと思うよ。すると、“好き”って反応し行動に移る。それだけ♪それがイコール“愛”なのさ♪ハハハ」
女将と彰は呆れながらも、誠司の言葉に一理あると感じた。しかし、余りにも短絡的だ。
「女は心と身体で人を愛するのかな。。。彰さんは?どう?」
「んー。。。」
「あっ、彰は無理無理。こいつは失敗してるから」
「お前もだろう!まったく、懲りない奴だ」
「ねぇ、彰さんは?聞きたいの♪言ってみて♪」
「こんな話がある。聖書の話しをするけど、決して俺は宗教に頼る人間じやないことだけは言っておくけど、パウロによる『コリントの信徒への手紙 一』にこんなふうに書かれてあるんだ。
たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、
わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。
たとえ、予言する腸物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、
たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ無に等しい。
てなふうにね。だから、“愛”すなわち“他人を思いやる心の働き”があればこそって感じだよ。つまりは“思いやり”かな」
「“思いやり”ねーっ♪」
女将は聞き入った。
「それがDNAにも組み込まれているはずだよ!きっと。間違いない。俺にも組み込まれているんだな♪良かった良かった♪」
「誠司、お前の頭は幸せだよ。お前のDNAに組み込まれているのは、動物的な本能だけ♪」
三人は“愛”について、深夜まで語り合った。しかし、なぜ女将は“愛”について突然二人にに聞いたのだろう?彰は不思議に思った。
こんな会話を楽しむ三人。ありふれた言葉に、こうも興味深く好奇心を抱かせる。
心をくすぐる宴が裏木戸を暖かく満たしていた。
つづく