彰のお尻に当たった固いもの。それは女性用の少し大き目の派手なヘアピンだった。この部屋にくる女性などいないはずだが?しかも、どこかで見たような。。。
「なんで、こんなところにヘアピンなんかあるんだ?お前の短い髪にヘアピンなんか使わないだろう?」
「いや、違うんだ」
「何が違うんだ!何だこれ!これが爪楊枝か?」
「だから、それは。。。千恵美ちゃんのだよ」
「お前、まさか!また?!」
「何がだよ、だから、違うって。ちゃんと聞いてくれよ。タクシーで帰そうと思って歩いていたら、歩道と車道の段差に彼女ヒールを引っ掛け転んだんだよ」
「それで?ここにピンがあるのか?」
「いゃ、それでってお前、そのままほっとけないだろう。右肘と右膝を擦りむいて出血したからここに連れて来て処置したんだ。服も濡れて傷も痛みもあるから、処置してから少しここで休んでもらったんだ。それからタクシーを呼んでちゃんと帰したよ」
「本当か?どうもお前のようなカラフルバカの話は信用できん。さっき、少しは見直してやろうかと思っていたのに」
「おいおい、俺はそこまで節操がない人間じゃないぞ」
「じゃ、なんでさっき“しまった”ってな顔してたんだよ」
「そりゃ、こんな話をすりゃお前は当然疑うだろう。説明すんの面倒なんだ」
「本当だな!」
「本当だよ。お前はまるでデカみたいだな」
「今回は、許してやる」
「おい、許してやるってなんだよ。まったく、少しは俺を信用しろよなー」
「分かった」
誠司は彰にコーヒーを出した。
「インスタントか?」
「おい、開業医なんて世の中の人間が思っているほど楽じゃないんだ。診療報酬の改定のたびに収入は減るし、人件費は下げられんし、こんな小さな診療所は経営厳しいんだ!インスタントだって結構香りもいいし美味いんだぞ。贅沢言うな」
「すまん」
「勤務医の給料が低いなんて言うけど、開業するってことは経営することだから診療だけしていればいいってもんじゃないんだ。色々と経費が掛かるんだ。マネージメントしなきゃならないんだぞ。休みだって無いようなもんだし、疲れたからって誰も変わっちゃくれないんだ!」
「お前、何そんな力入れて言ってんだ?」
「大変だって、言ってるんだよ」
「そんなこと知るかよ。お前が自分で決めた世界だろう。厳しい道だろうが何だろうがグダグダ泣き言を言うな!」
「あぁ、お前はどうしてそう四角張ったものの言い方しかできないかのかなー?もう少し、やんわり言えないのか?」
「無理だよ。お前にはな♪」
彰は、少し笑いながら誠司が入れたコーヒーを一口飲んだ。肝心な話を聞く前にグタグタと誠司に突っ込んでしまっていたが、自分はどうなんだと自問自答していたようにも思える。
「お前の聞きたいことって、さっちゃんのことだろう?」
「そうだよ」
「そのことだけど、あまり詳しくは話さなかったよ。お前に電話で話した内容で全部だから」
「そうかぁー。昔と大分変わってたか?」
「変わってたって、そりゃー俺たちを見れば分かるだろう。歳は取ったさぁ。でも、爽やかさは変わらなかったなぁ。相変わらず笑顔は素敵だよ。苦労はしてるはずだけど、そんなこと顔には出さない。客商売だからじゃなく、昔のままの爽やかさだよ」
「そうかぁ。うん」
「中学の時に憧れていたさっちゃんは、やっぱり。。。俺たちの大好きなさっちゃんだよ」
「うん。。。」
「なんだよ、もういいのか?」
二人は無言のまま、暫くコーヒーを飲んだ。
「俺、晩飯食べに行く」
彰が言うと、誠司も着替えをし始めた。二人は、何年振りかで並んで女将の店に向かって歩き出した。中年おやじ二人組み。どう見ても絵にはならない。
暖かい家族など望むべくもなく、ただ幼い頃の思い出を胸に抱きながら無言のまま晩飯を食べに居酒屋へと向かっている。
夜は朝の始まり、朝は夜の始まり。。。昼は隙間でしかなかった。
つづく