千恵美から、不意に振られた話題に動揺を隠せなかった彰。
コップを倒しそうになったが何とか耐えた。
彰の様子を見ていた誠司が、首を傾げ不思議そうに彰の顔を覗き込んだ。
「あれっ、お前、今、動揺しただろう?」
「な、なんだ。何で俺が動揺しなきゃならないんだ。恋なんかする訳無いだろう!」
「えっ、アッキー♪恋してるんだー♪ねえ、ママ!アッキー恋してるみたいだよ♪」
「おい!なんだ、皆で俺をからかうか?よしてくれ。恋なんて」
吐き捨てた言葉に、彰はもう一度自分の心に刺激を与えていた。
誠司は女将と目を大きく見開き、彰は千恵美からジーッと見つめてられ、今夜は完全に集中砲火を浴びている彰。
「ねぇ、ねぇ、誰に恋してるの?ねぇ、アッキー♪教えてよ♪早く。。。」
「だから、なんにも無いって言ってるだろう。こんなしょぼくれた中年が恋なんかしてどうすんだよ」
「えっ、いいじゃないか。俺なんか恋に生きてるぞ!」
「誠司、お前は特別だよ。カラフルバカだから。単に女好きなだけだろうが」
「失礼だなー。俺だってちゃんと順序を踏んで好きになっていくんだから。見境が無いような言い方すんなよ!」
「ちょっとー。お二人さんとも結婚して子供もいるのよ!もうー、こんな話、世の女性が聞いたら怒るわよ!」
女将は冷やかしながら言った。すると、千恵美が間髪入れず、
「ママー、そうでもないよ。どっちもどっちよ。所詮、男と女。自分のハートには逆らえないよ。ねっ♪アッキー♪」
「だから、違うって言っているだろう!」
「ダメダメ。そんなこと言ったって。恋のプロ、千恵美に嘘は通じない!」
「いつから恋のプロになったんだ?」
「彼と別れてから♪これでも、苦労してんだから♪そこの二人に比べりゃ恋の先生と呼ばれても不思議じゃない♪さぁ、先生とお呼びなさい♪」
いかん、千恵美は絶好調になっている。このままいけば、この前と同じ羽目に陥る。こんな時、力になってくれるのが女将だ。と彰は女将のほうを見たら、目を輝かせながら恋の先生が何を話し出すのか期待している。もう、救いの手は誰からも差し伸べられない。
「誠司、お前帰らなくていいのか?」
「何言ってんだよ。今来たばかりだぞ!飯も食べてないのに」
「いいから、早く食べろよ。まったく」
「いよいよ怪しいなーっ。彰ちゃん♪」
「誠司!早く食べろ!!!」
誠司が彰をからかう様子を見て、女将は千恵美とヒソヒソと何やら話しを始めた。
ん?彰はそちらも気掛かりで、落ち着いて酒も咽喉を通らない有様だ。
千恵美には恐れ入りました、とでも言って降参すれば少しは落ち着くかに思えた彰だが、逆に導火線に火を点ける可能性だってあると思った。
あぁー、とにかく千恵美の変な自信に圧倒されつつも、彰は話題を替える必要に迫られた。しかし、周囲の目はいまだギラギラと輝き続けている。
興味津々、八方ふさがり、四面楚歌。まったく運の悪い夕べだと彰は諦めかけた。
その時だった。ガラガラっと店の引き戸がゆっくりと開き、外の雨上がりの風が入り込んできた。
ん?この香り。。。店に吹き入れる風と共に運ばれてきた香り。。。
池上 葵だった。
彰は観念した。完璧に追い込まれた。
つづく