ネテルが言った。
「ウルシュが僕と居た空間は、錬太郎の記憶の世界。僕も、ウルシュの記憶の中で作り出されたもの。そこでは全てが一つに繋がっている。過去も未来もない。みんなの記憶も繋がっている。無限に広がっている世界。ただ、一番恐れているものは記憶の揺らぎ」
とネテルが言った。
「見える世界にいると、みんなは目に見えるものだけが繋がっていると思ってる。でも、本当は一度も会ったことも無い人間や遠い所にある物でさえ全て繋がっているんだ。人は一人ぼっちで生きていない。みんなの記憶の中の見えない世界も、全て一つに繋がっている。ここにいるみんなもそうさぁ」
「僕の姿も誰かの記憶の中にあった。そうだよね♪」と恭子を見た。
「君たち人間が意味づけをしたから僕たちは生まれた。それぞれの場所に住む者達が、自分たちの生きる意味を問い、生きる術を伝えるために神を置き神話として語り継がれてきたはず。でも、人間の自我は暴走し、同じ過ちを繰り返している。過去、何度も記憶を消し去るように僕らを消し、時を歪め、自分達で世界を壊している」
「だからオシリスは心の時が歪みはじめたことをとても心配していた。時を司るトトが俺をウルシュにした。俺たちって、本当に迷惑な進化ばかりしてきたのか」
と錬太郎が言った。
するとネテルは麻布を脱ぎ捨て傷だらけの小さな身体を見せた。
「見て。これが人の心が生み出した傷や心の汚れ。僕はそれを全て身体に受けている。何一つ消えないし、綺麗にも出来ない。もし、僕がみんなのように身体を綺麗にすればみんなは記憶をなくしてしまう。揺らぐんだ。だから傷も汚れも消せない。人間は都合よく不要な記憶を消すけど僕は消せない。僕が見える世界に来たのはこれで4度目。もし、僕たちの言葉を心の中に解き放つなら、未来は少し変えることができるかもしれない。たとえごく僅かな人間だけが生き残るとしても、この見える世界は子供からまた大人へと成長していくはず。そうトトは言った」
すると恭子が
「もし、心の記憶に歪みがあるのなら、この世界は何も学ばなくなるの?そして全てが消え去ることになるっていうの?心の記憶が無くなればネテルの世界はトトだけが治める暗闇になるの?なぜ記憶の揺らぎって起こるの?私は父の記憶が消えていくことが怖かった。父は私の心の記憶に戻ってくれた。錬太郎が代わりに見えない世界に行きウルシュになった。私の父の変わりに。一つの心の記憶の揺らぎが、なぜそんなに見えない世界を危険にするの?」
「確かに私達人間って同じ過ちを繰り返していると思うけど、みんな一生懸命頑張っている。記憶が揺らいでいる人は沢山いる。毎日、つまらない愚痴を言いながら、でも、それでも明日を夢見たり希望を持って頑張ってる、生きるために必死になってる。人の命を助けるために精一杯頑張ってる人だっている。人間全てが都合よく記憶を消しているわけじゃない。いやなことだって沢山ある。いやな記憶を消せなくて苦しんでいる人だっている」
恭子は語気を強めた。その瞳が潤み、涙が零れそうになった。
ネテルは恭子の潤む瞳を涙を見て、零れる涙を汚れた小さな手で優しく拭きながら言った。
「知ってる。だから、今みんなに出来ることをして欲しいんだ」
と。
つづく