二人は親子のように雨の中を傘を差して女将の店へと向かった。
女将の居酒屋の名前は「裏木戸」という。まぁ、お洒落な名前ではない。地味な店には、似合っているのかもしれない。現代の家屋で、この言葉を使用することは少ない。彰や誠司達にとっては遊びの抜け道というような感覚として捉えているようだが、女将にとっては何か意味深い理由があるのだろう。
彰と千恵美が店に入ると、女将が笑顔で迎えてくれた。
「あらっ、彰さんは随分とお若い彼女と同伴でいらしたのね。宜しいことで♪」
「女将、勘違いしないでくれよ。今そこで絡まれたんだよ。傘仮名無いって言うから」
「へーっ、自己弁護してるぅーっ。自分だって傘無かったくせに。チエミは中年が寂しそうだったから、仕方なく一緒に付いて来てあげたんだぞ!だから、今夜はこの中年のおごり♪ママよろしくねーっ♪」
「その中年って呼ぶのやめてくれないかな?ちゃんと名前があるんだから」
「へーっ、どんな名前?権佐衛門とか?アハッ♪」
「女将、何とか言ってくれよ。俺には太刀打ちできない。頼むよ」
「はいはい。わかりました。この中年はね“アキラ”って言うのよー♪」
「女将まで。。。参ったな」
「ママ、今夜は少しお腹空いているの。オムレツとか焼きうどんとかも食べれる?」
「黒豚のバラがあるから、いいわよ。ちゃんと食べなき♪彰さんは、ビール出して飲んでてくれる?」
「はいはい」
勝手知ったる店。彰は調理場の冷蔵庫からビールを出してカウンターの上に2本置いた。
女将は手際料理を始めた。この店に、テレビやカラオケといった類の器機類は置いていない。唯一あるのはラジオ。それも、かなり古い年代物。女将が、よほど必要と思わない限り音を出すことはない。彰と千恵美は席を並べカウンターでビールを飲み始めた。
「じゃー、中年て呼ばないで“アッキー”って呼ぶね♪」
「アッキー?はーっ。。。まぁ、しょうがないなぁ」
「じゃーぁ、アッキー!乾杯♪」
「ん?何に乾杯するんだ?」
「もう、このピチピチギャルとの再会を祝って乾杯でしょ!!!」
「んー、わかった。はいはい。乾杯」
「それじゃ駄目なの!アッキー!もっと明るく元気よく!はい、乾杯♪」
いつもの店と違う雰囲気に、彰は少し戸惑いながらも千恵美のペースにはまっていた。こんな弾むような夕食はもう何年もなかった。会話がこんなに弾むものなのかと、自分でも驚いていた。出来立ての焼きうどんがカウンターに置かれると、千恵美は無言で食べ始めた。
彰はそれを見ていて微笑ましく思った。やっぱり子供だ。くったくのない娘さん。髪の色や化粧の濃さなど関係なかった。
人は目に映るものを、心で修飾し眺めている。千恵美というギャルの素直な表情や仕草を眺めながら、ビールを一瓶飲み干し女将に夕食を催促した。刻みオクラの載った冷奴と茄子の味噌汁、そして白いご飯が並び、彰は温もりを感じていた。それは、味噌汁やご飯ではなく、人とのありふれた会話なのかもしれないと思った。ご飯から立ちのぼる湯気が、心の温かみを増していた。
外の雨が小降りになっていた。
忙しなく店の引き戸が開いた。
「よっ!」
「あらっ。誠司さん、お帰りなさい♪」
「おっ、なんだ彰。ギャル同伴か?」
「何言ってんだ。よく見ろ!」
「チエミでーす♪」
「あっ、このあいだのトラギャル!」
「失礼しちゃう。中年!!!」
「えっ?中年?俺のこと?」
「そうだよ。中年!ハハハ。俺はちゃんと名前で呼んでもらえるんだぞ」
「そうだよねー。アッキー♪」
「アッキー?なんだそれ???」
「そこの中年の名前は“セイジ”っていうのよ♪」
女将はからかうように言った。すると彰も千恵美と一緒になって。
「“セッチー”なんてのはどうだい?」
と彰は千恵美の耳元で囁いた。
「そっか。いいかも。セッチー♪ヨロピク♪」
アッキーにセッチーという中年になった二人。千恵美のペースに彰と誠司は完全に呑み込まれている。女将は、そんな3人を笑いながら見ていた。
池上葵は、彰が自宅近くまで送っていった時以来会っていなかった。電話も無く、少し気になっていた。
つづく