タマさんが言った。
「私たち人間って“なぜ”っていう疑問を諦めたとき、過去から学び未来を推量る事ができなくなるのよ。錬ちゃんのお母さんは、錬ちゃんの身にこれから起こることを知っていた。何故かはわからないけど確かに知っていたのよ。避けられない未来を知っていた。それを確かめるためにエジプト旅行に出かけたはず。そして、お母さんはネテルに会った。トトの丘でね。ネテル、そうでしょ」
と。
「うん。そうだよ。ウルシュだけが見える世界と見えない世界を行き来できる。イシスは、それが出来ないからトトの丘まで行ったんだ」
とネテルが答えた。
「見える世界ではウルシュのお母さんだよ。でも、彼女はイシス神。大地の神ゲブと天の神ヌートの子。オシリスもそうさ。イシスは聖母。オシリスの妻であり妹でもあるんだ。オシリスとイシスの子がホルス。ラー・ホルアクティ神。それが誰かわかる?ここにいるよ」
と言った。
ネテルがマスターに目を向けた。
「ん?俺?」
とマスターはきょとんとした顔でネテルを見た。
「天空の神よね♪」
とタマさんが言った。
「なぜマスターが?」
と錬太郎がネテルに聞いた。彼が言った。
「ホルスの組成は大気と火。彼はこの見える世界を治める者。オシリスは見えない世界を治める者。ホルスは唯一この見える世界に存在する神なんだ」
と言った。
答えになってないよ。洒落にしては、話が出来すぎている。
でも、これは錬太郎の心の中の記憶が作り出したものだとするなら。全て彼の心の中にあるものが見せているとしたら。いや、まてまて。そんなはずはない。
マスターは混乱していた。
ネテルは無頓着に
「んー!この鯛焼き美味しい♪おじちゃん、もう一つ♪」
とネテルが段五郎に手を出した。
「はいはい」
と段五郎がネテルの手に鯛焼きを載せた。
「おい、手拭いたら?」
と段五郎はタオルでネテルの手を拭こうとした。
その時、ネテルは大きな声で
「ダメ!拭かないで」
と言って手を引いた。
みんなは、その声に驚いた。
「この手は僕なんだ。墨も灰も僕なんだ。黒く汚れているんじゃない」
と言った。
ネテルは続けて言った。
「みんなは、なぜ目に見えるものだけに囚われるの?それが人間の常識?それは何?この手がどうして汚れていると思うの?黒いと汚れなの?汚いの?干からびた手は汚い?これはみんなの心の記憶なんだ。僕にとっては大切なものなんだ。見える世界の人間はいつもそうやって全てを自分の価値で決め付ける。でも、これが見えない世界なら自然に受け入れる。そうだよね、ウルシュ♪」
と錬太郎を見た。
「ああ。確かにそうだった」
と頷いた。
段五郎はキョトンとして、握ったタオルをカウンターの上に置いた。
諒子は、その傍で段五郎のツルツル頭の汗をタオルで拭き始めた。
つづく