「いや。。。考えてみると、生まれる時って結構大変だろう。俺。。。詳しくは知らないけどさぁ。この世に生まれて来る時って死ぬか生きるかの瀬戸際なんだろう。結構怖かったんだろうと思う」
と段五郎が言うと
「確かに。。。それで。。。なんでそんな話してんの?何かあったの?」
とマスターの顔の周囲に?マークが飛び交っていた。
「だってさぁ。。。死ぬことより生きることの方が、よっぽど大変なのが最近よく分かってきたんだ。歳を取ると、あちこち痛いし、先行きこれと言って楽しいことなんかありそうにないし、年金で慎ましく暮らすだけかい?って。。。一人暮らだし、家族や友達、知人。。。みんな年をとったら周りからいなくなるだろう。。。すると、自分を証明してくれる人がいなくなるじゃねぇか。。。てね。。。一人でいると。。。つらつらと考えるんだよ」
「だから、せっかく大変な中怖い思いして。。。生まれてきて、長生きするのも楽じゃねぇ。ほんと、割に合わないよ。愚痴だけどさぁ。だって、このあいだなんか、近所のばあさんが言うんだよ。“敬老会なんか行って、いつまでも元気で長生きして下さいって言われても、長生きするのも楽じゃないさぁ。。。痛いとこばっかりだし病院通いで結構忙しいんだよ。でも、わたしゃ元気でござ候って笑顔で答えなきゃならない。これって辛いんだよ”って言うんだ。これじゃ長生きするのってつまらねぇな。。。って思ったよ」
段五郎にしては、随分深い話をしていた。
「そうかぁ。。。段ちゃん。。。なるほどねぇ。。。あたしもそう考えたりしたこと。。。無いわけじゃないわよ」
とタマさんが静かに言葉を放った。
「私の人生なんかアドリブだらけだし、先行きのことなんか考えもしなかったわよ。だから段ちゃん偉いわよ。だけど。。。70過ぎた。。。この歳になってねぇ。。。一つだけ分かったことがあるの。何だと思う?みなさん♪」
と少し頭をフラフラさせながら言った。 マスターが
「歳を取ってとってわかったこと?女性でなきゃ分からないこと?」
とマスターが聞き返すと
「違うわよ、人としてよ。さっき、段ちゃんが少し言ってたわよ♪」
とタマさんがピンクのマフラーを外した。
「俺。。。何か言ったかな?」
と段五郎。
「ちゃんと、言ってたわ♪」
タマさんが、ニヤリとした。
すると。。。恭子が
「段五郎さん、さっき“自分を証明してくれる人がいない”って言ったけど。。。その言葉。。。?」
と小さな声で囁いた。
「そう」
とタマさんが頷きながら言った。タマさんは言葉を続けた。
「自分の存在を証明するのは。。。自分じゃないってことよ。誰かとの関係でしか自分を証明できないのよ。私は一人でもいいと思っていた。もう。。。男もいらないかな?。。。家族もいらないってね。好き勝手に生きてきたんだもの仕方ないわよ。でも、一人じゃ自分が誰なのか。。。誰も語ってくれないのよ。まさに。。。アイデンティティが失われるような感じ。私って何?って問いかけて答えるのは自分じゃないのよ。だから、人って、一人じゃ生きて行けない。。。必ず誰かと関係しあって、初めて自分の存在がわかる気がする。人に生かされているってことが、生きているってこと。そんな感じかな♪」
「私。。。自分が生きてるって思えないのは。。。そこなのかな?」
と恭子が言った。錬太郎とマスターは少し驚いたように
「えっ?何?どういうこと?」
と顔を見合わせた。すると
「うん。。。あっ、気にしないで。それより、マスター。。。何か曲掛けて?」
と恭子は勤めて明るく言った。
「錬ちゃん♪。。。何がいい?聞きたいのある?」
と小首を傾げ恭子は錬太郎の横顔をストローで息を吹きかけた。 恭子の息が錬太郎の頬と耳をくすぐっていた。他愛ない恭子のはしゃぐ姿と笑顔に包まれ。。。バーボンをゆっくりと飲み込んだ。
穏やかな前夜祭。。。気掛かりな恭子の言葉を留めながら。。。フォリナーの温かい小さなライトに照らされた彼女の横顔を静かに見つめていた。
錬太郎は。。。ここにいる洒落気のある仲間に。。。癒されていた。。。そして恭子の横顔に。。。ただ。。。
つづく