35.「サーカディアンリズム」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。




 彼はコップを手に。。。

「私の記憶は。。。貴方の記憶とリンクしていますから。。。」

 と言った。。。。この言葉に錬太郎は表情を変えなかった。

「失礼ですが、貴方は私を知っていると言うが私は貴方を知らない。私の記憶とリンクしているなんて。。。理解できないな」

 と言った。

 彼は錬太郎を見ることもせず

「“時”は。。。心が決めるも。。。ですよね」

 と。

 やはり。。。予感はしていた。彼は。。。海で出会った恭子の父。俺の傍で何かしらのシグナルを送り続けていたんだと錬太郎は確信した。今、目の前にいる彼は、外見上どう見て30から40代。。。昨日の彼は80歳前後。。。しかし、錬太郎は海辺で会った彼が話していた言葉“私の外見を全てそぎ落として私を見てくれたまえ”。。。その意味が分りかけてきた。では、なぜ。。。そんなことをしてまで俺にシグナルを送っていたんだ?。。。

「貴方は、初期記憶についてご存知ですか?。。。3歳前後の子供は。。。初めに未来への願望を表わす。あれがしたい。。。とか。。。そして、次に過去へと。。。つまり“きのう”を知覚するようになるのです」

 と言いながらコップに入っているお酒をチビリと喉に流し込んだ。

「人間の脳は、実に自分に都合よく出来ている。人間の脳が記憶したり情報をまとめたりする構造は、器械のようにあるがままの形で記憶しているわけではない。実際にはとてもいいかげんなところしか見ていない。細かいところには。。。全然気にかけていない」

「器械は物理的に情報を残す。しかし、人間は意味として覚えている。意味づけ。。。恭子は私を意味づけして記憶に留めようとしていた。しかし、私と恭子に思い出となる記憶は残せなかった。。。消す必要があった。。。だから記憶が揺らいでいる」

 錬太郎はコップ酒を一口流し込み

「なぜ?記憶を消す必要があったの?思い出は大切なもの。。。」と言った。

 彼が言った。

「人は大きく分けて二種類の時計を持っている。一つは、生まれてから死ぬまで、矢のように直進する時計。そして、もう一つはある規則性を持って、円を描くように周期的に動く時計。。。サーカディアンリズムと呼ばれる時計だ。但し、それぞれ人によって時間の感じ方は一定ではない。サーカディアンリズムでは一日が25時間ある。地球の自転の早さに関係している。大昔はもっとゆったり流れていた」
  
「君達の生活は24時間という周期に制約されているようだが、25時間との差。。。約1時間に私は存在している。それしか私は存在しない。」

 「存在しないって?」

 と錬太郎がコップから彼に目を移した時に既に消えていた。彼が消えることは予測の範囲内だった。1時間に存在するとは。。。?錬太郎は彼の残したコップ酒をきれいに飲み干し。。。フォリナーに向った。

 ここまで俺に接触してくる彼。。。そして語りかけられた多くの言葉。。。こうなったら一人で考えるのはよそう!フォリナーの“月光族三銃士”。。。疾風のタマ。。。マスター。。。俺の三人でしばし思考の旅に出るしかない!(注記:“思考の旅”とはフォリナー月光族三銃士の合言葉であり。。。解決不可能と思われる難問を解き明かすことを指している。。。あっ。。。迷走し徒労に終わるのが常であった。まさに、非合法的脳内活動であり、三人による結社の存在は近所の鯛焼きやの親父“段五郎”しか知らないのである)。

 旅立ちの日が迫ってきていた。。。恭子は一人フォリナーに向って歩いていた。月が照らす道を。。。手繰り寄せる記憶を振り払うこともできず。。。自らのヒールの足音だけが響いていた。

つづく