27.「セルフ・フッド。。。」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。





 外が暗くなり始め、風も少し窓を強く揺らし始めていた。寄せる波の音も。。。彼女の言葉に共鳴するかのように、時より大きな音を響かせていた。

 恭子の頬は暖炉の揺れる炎に照らされ、その白い肌が胸元まで淡い紅色をおびていた。いつも薄い紫のスカーフをしているが今夜は外していた。食事を始めたばかりだが、すでに彼女の心は言葉を滑らせ始めた。

 「本当に。。。私。。。自分が誰か知らないのかもしれないんです。」

 「あの。。。深森神社の焼け跡を見た時、私の中で。。。本当の居場所に帰らなきゃと。。。何か駆り立てられるように。。。私が育った本当の場所。。。今まで私の中にある記憶とは別のものが頭の中から立ち上がってくるような。。。自分でも良く分らないんです。。。」

 「ただ、最近気付いたことがあります。海。。。潮の香り、そして焦げたような臭い、あと。。。一つ。。。貝殻。。。これらの質感をいつも一緒に感じるような気がするんです。。。そこに私の場所があるような。。。それがいつも頭の中を廻っているんです。。。」

 「多分、あの焼け跡の焦げた臭い。。。深森神社の後ろにある松林。。。その松林の向うから潮風。。。そして海。それが。。。私の中の何かに刺激を与えたのだと。。。」

 恭子は自分の心が話す言葉を流れるように店内に静かに響かせた。錬太郎、そしてマスター。。。二人はロングネックのビンを口に銜えながら少し俯いて話しを聞いていた。

 タマさんが言った。。。

「ほほう。。。もしかすると。。。恭ちゃん。。。もう。。。知ってるんじゃないの?自分の本当の記憶を。。。ね。。。自分で記憶を押し込んでるだけかも。。。無意識に。。。」そして「自己像そのものに対する疑問じゃないのよ。。。多分ね。。。」

 とタマさんが。。。まるで精神分析医のように語った。

「えっ?それって。。。どういうことなの?タマさん?思い出してはいけないこと?。。。なの?」

 と恭子が聞いた。するとタマさんはゆっくり立ち上がり、カウンターに戻った。ロングネックのビールビンを四本持ち。。。テーブルに置いた。

 「分らないけど。。。強いショックを受けた場面に遭遇したりすると。。。自分で記憶を消してしまうとか。。。別の記憶に塗り替えちゃう。。。そんな話を聞いたことがあるの。。。」

 とタマさんがビールに口を付け始めた。

 「確かに。。。それは聞いたことがある。けど、必ずしも強烈なショックを受けるような事件や。。。そんな場面とは限らないんじゃないの?」と錬太郎が言うと「ん。。。そうだけど。。。多くの場合は。。。精神的ストレスを強く受けた時によく起こるんじゃないかな。。。だって。。。それほど押し込めてしまう記憶なんてあるのかな?。。。」

 とマスターが言った。

 本当に探る必要があるのか?そのこと自体。。。恭子に強いストレスを与えかねないのではと。。。錬太郎は思った。彼の中で。。。彼女の記憶を探る一つの術。。。それは恭子と錬太郎の二人にしか分らない。。。あの夏の日の海辺での出来事だった。そこに隠された記憶への糸を手繰り寄せる場面に関わるキーワード。。。。

 それは。。。海辺。。。夕暮れ。。。焚き火。。。子安貝(タカラガイ)。。。恭子はそれに気付いているのだろうか。。。ヒントがあるとすれば。。。そこにしかないと錬太郎は思った。それが彼女の記憶を塗り替えるきっかけになっていたのかもしれない。。。そして燕(つばくらめ)の巣。。。雛。。。これらのキーワードを今ここで言うべきか迷っていた。

 少し張り詰めた空気に。。。

「薪ある?暖炉の火が少し弱くなってるよ。離れの小屋から持ってくるかい?タマさん?」と錬太郎は一息入れるつもりで席を立った。恭子が「私も手伝うわ。。。」と言い。。。二人はバルコニーに出た。波が少し騒がしい。。。二人は潮風を受けながら海を見据えた。

 “月の錯視 ”にも似た。。。解き明かすことのできないと思えるほどの二人の記憶。。。錬太郎と恭子はゆっくりと顔を見合わせ互いの瞳を見た。。。その奥にある心を感じ取っているかのように。。。背中から恭子を包み海の果を眺めた。。。

「大丈夫。。。大丈夫だから。。。僕がいるから」

 と錬太郎は恭子の耳元で囁いた。。。

つづく