25.「私は誰?」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。



 土曜日、金曜日の残務処理の為社に出勤し、午後からコンビにで買った弁当を持って近くの公園に立ち寄った。日向ぼっこには丁度良い天気。ベンチに座り弁当を食べ終わりボーッとしていた。お日様も出て。。。春らしい陽気になった。

 錬太郎は少しうつらうつらしていた。雀が木々の隙間を縫って飛び交い、気が向けば下に下りてきて口ばしで何かを突いている。公園に着いたときから気になっていたが、右隣のベンチに初老の男性が座っていた。何をするでもなく。。。独り言をブツブツ。。。“記憶がないな。。。覚えてないな。。。”と、ただその言葉を繰り返していた。

 錬太郎のアンテナに引っかかる言葉だった。錬太郎は老人の側に近寄り

「あの。。。どうかされましたか?」

 と少し声を掛けた。すると

「どちら様かな?私は。。。ん。。。」

 と黙り込んだ。自分の両手を擦ったり、お日様に手をかざしたり。そこで。。。もう一度

「何か忘れ物でも?」

 と聞くと

「どちら様かな?私は。。。ん。。。えーとですな。。。」

 とさっきと同じような言葉が。

 ん?もしかすると。。。認知症?。。。でも、そんな人が一人で公園にいて大丈夫なの?錬太郎は

「失礼ですが、お宅はどちらですか?どなたかご一緒ですか?」

 とゆっくりとした口調で聞くと

「家かい?。。。すぐそこだよ。。。えーと。。。ほら。。。」
 
 と言いながら立ち上がり歩き始めた。後をついていくとすぐに立ち止まり、また近くのベンチに腰掛け、空を眺めた。すると突然彼が言った。

「記憶がないな。。。覚えてないな。。。」

 と言った。錬太郎はすぐ

「何を覚えてないのですか?」

 と聞くと

「自分がいま何をしていたのか、何故ここにいるのか?名前は。。。えーと。。。」

 しばらく錬太郎は彼のそばで言葉を聴いたり行動を観察していた。すると遠くから

「おとうさん、どこ行ってたの。。。もう。。。おとうさん。。。探したんだから。。。さぁ。。。帰りましょ。。。」

 と、彼の娘であろうか?半ば強引に手を引きその男性を連れ立ち去っていった。恐らく、男性は必死になって時間、場所、状況、人物、それらの因果関係。。。そこに意識を向け自分を取り戻そうとしていたのだろう。そういえば何かの本で読んだことがある。。。確か。。。“リアリティーオリエンテーション”とか言ってたな。。。認知機能に刺激を与えるとか。。。何かとても人事とは思えなかった。

 年老いて、自分にも忍び寄る、いや、前からやってくる老後。考えたことなどなかった世界に今ほんの少し触れたような気がした。自分を認識できるのは周囲との関係を認識しているからなのだろう。年老いて、自分と関係するものが徐々に失われそぎ落とされ、気がつけば自分の存在を認識すべきものが日々の生活の中から消え去り、我を失う。鏡に写る自分の姿を見て、それが自分であると認識できるのは人間の場合2~3歳くらいだそうだが、サルは認識できないとされている。鏡に映る自分を見て、我を認識できるのは人間だけらしい。。。サルは、鏡の向こうにもう一人の別な誰かが真似をして動いていると感じる。そうすると脳の中で同じような活動が起こる。ミラーニューロンという言葉がそれらしい。

 ということは、オウム返しみたいなものなのかもしれないと思った。相手が話したり行動したりしていることを見たり聞いたりしていれば、実際にそうしなくとも脳の中で同じような活動が起こるということなのか?

 ん。。。錬太郎のいつもの癖。気になりだすと好奇心が沸々と湧き上がり。。。しゃ。。。音とかリズムとか。。。何か単純な。。。何か直接脳に関わりあう術はないのかな。。。と。ひとつ考えられるのは。。。小さい子供が英語を周囲が話していると自然に英語を話すようになっている。あれって。。。文法とか理解しているわけじゃないよな。。。と。まてまて、すると何か?しゃべっているようすを見て、聞いているだけで話せる。。。まねっこ?オウム返し?そのものなのか?。。。俺の英語もそれでできるようになるかな?などと考え始めた。。。脳天気もいいとこだ。

 恭子の言葉を思い出し。。。錬太郎の頭の中で彼女の言葉の意味を探り出すための。。。何か術を見出しつつあるようだった。

 彼女の本当の姿を手繰り寄せる術を。。。大人になるための。。。そう。。。遠い海の記憶を。。。思い出す時が。。。迫っていた。。。

つづく