11.「アドリブ」 | 我ここに在りてここに無し

我ここに在りてここに無し

青きBOUGAの果て

ひとりごとのように

詩と小説を書き綴ります。

何か心に響くものがあれば

それだけで。

 翌日の朝10時過ぎ、昨夜の酒がまだ残っている身体を引きずりながらコーヒーを飲む連太郎。いつものように頭を掻き毟りながら窓から顔を出し外の景色に目をやる。天気は良いようだ。今日は久しぶりに午後から海に行こうと決めていた。昼過ぎ、連太郎はおんぼろ車を2時間ほど走らせ、人気の少ないいつもの静かな海岸に着いた。

 少し肌寒い潮風は、連太郎の鈍った頭を冷やすには丁度良かった。波際をゆっくりと沖を眺めながら歩いていた。暫く歩くと足元に、流木で描かれた文字を見つけた。連太郎は思わず「ほほう。。。人生そのもの。。。予想もしない場所に流れ着き、誰と巡り逢い、何が始まるのか?。。。」流木を集めて描かれた文字。。。その文字は“アドリブ”と読めた。連太郎はその“アドリブ”。。。が流れ着いた木々で描かれていた状況から言葉を発していた。

 それから、散歩を楽しむ数人と軽く会釈をしながら“アドリブ”を描いた人物を考えながら40分ほど歩いていた。錬太郎はすでに空想の世界に入り込んでいた。“アドリブ”とはジャズでよく聞くことばである。いわば楽譜を離れて、自由に即興的な独奏を指す。

 映画や演劇でも台本にない即興的な台詞を指している。いったいどんな人物なのだろう。。。この文字を描いた人は。。。その意図は。。。錬太郎は勝手に空想し続けていた。ただ、こんな時の連太郎は特に冴えてくる。傍からみると“とんま”に見えるらしい。人間の移動の歴史を取り扱う形質人類学からすれば、彼はいったいどこから来たのか。。。連太郎は能天気なのか、とにかく幸せな人種というべきかもしれない。

お日様も西に傾き薄暗くなり始めていた。連太郎はいつもの店へ向かった。歩いて10分程度。まぁ、おしゃれとは言えないし、水色だった壁は薄汚れペンキも僅かしか残っていない。ドアノブも錆び、お客も殆ど無い。しかし、こんな空間が錬太郎にとっては居心地がいいらしい。そう。。。ここは。。。誰あろう「疾風のタマさん」の隠れ家?いや、彼女のお店である。普段は利便性を考え都内に住んでいるが、日曜だけはここに来て店を開けている。

 「タ。。。マ。。。さん♪。。。いる?」と中に入った。返事が無い。店内を見渡した。きっといつもの。。。店の裏庭でベンチに腰掛居眠りしてるのかな。。。と裏庭へ向かった。錬太郎の視界にタマさんの姿は入って来ない。どうしたのかな?買出しかな。。。?

 錬太郎は勝手知ったる何とかで。。。一人でコーヒーを入れタマさんの帰りを待つことにした。寝ぼけた柱時計の音と潮風が木枠窓をくすぐる音を聞きながら、錬太郎はくすんだ窓から海を眺めタマさんを待った。30分ほど過ぎ、ギギーッと店のドアが開いた。

 「あら、錬ちゃん♪いらっしゃい♪」とタマさんが流木を沢山入れた袋を持って入って来た。「あら。。じゃないよ。。。タマさん。。。無用心だな。。。鍵もかけないで。。。それ。。。何?流木でしょ?そんなに沢山どうするの?」と錬太郎はコーヒーを一口飲んでから言った。タマさんは「“アドリブ”よ♪」と言った。「あっ、砂浜に流木で書いてあったの。。。あれ、タマさん?」と目を丸くして咽た。

「あら、見たの?そうよ~。。。私が作ったの♪凡人には分からないでしょうね。。。フフッ♪おほほほ。。。♪」あれあれ。。。いつもの悪戯っぽいタマさんの語り。

 錬太郎は「なるほど。。。それなら意図が理解できる!」と少し胸を張った。「へ~。。。錬ちゃんだね、やっぱり。。。そうくると思ってました。だから面白い♪」とからかう様にタマさんは言いながら袋を無造作に床に置いた。錬太郎の頭の中に“記憶”。。。という言葉が浮かんできた。

 居酒屋で見かけた男性、そして恭子の言葉、突然呼び起こされる“記憶”そして。。。“アドリブ”。連太郎をさらに不可思議な世界へ引き込んでいった。


つづく