小雪が降る中、兄と妹。いや、錬太郎と恭子は誰もいない公園のベンチに腰を下ろした。「ふーっ。やっぱり俺も年だな~。。。錬太郎もおやじまっさかり。。。恭ちゃんさぁ、一人で抱え込むなよ!たまには兄貴に相談しろよ。まぁ。。。頼りないけどさぁ」と恭子を見ずに言った。
「全然たよりにならないよね。。。錬太郎兄ちゃんは♪また、来る。あのフォリナーに来る。私の思い出。誰にも消されたくない記憶。錬ちゃん、消えちゃだめだからね。私のヒーローなんだから。わかったか!!!錬太郎!!!」と彼女は錬太郎の肩にもたれた。
「了解しました。錬太郎心に誓って消えたりしません。恭ちゃんの記憶から消えたりしません。。。で。。。いいか?」と彼女に顔向けた。その時、彼女はベンチの上に積もった雪を集め「溶かして。この雪、恭子の心だと思ってよ。錬ちゃん、溶かせる?」と言うと錬太郎はポイッと集めた雪を口に入れ「ほら、もう溶けた」。。。街灯の明かりは、ひとつに重なった二人のシルエットを雪に映し出していた。
錬太郎は恭子を送った後、僅かな雪の上に残る二人の足跡を辿りながらフォリナーに戻ろうと一人歩いていた。いつもは薄汚れた灰色の道が今夜は真っ白に塗り替えられ、錬太郎の足音さえ消し去っていた。さっきまで降っていた雪も上がり、雲の隙間に月が見え始めていた。
きっと、今夜は彼女も同じ月をみているだろう。恭子は別れ際に一言。。。「錬ちゃん。。。今夜はありがとう。今夜は夜空を眺めるわ。きっと晴れるもの。きっと。。。同じ月を見ていたいの。それだけで嬉しいから。ねっ♪」と言ってホームへ消えていった。
今夜の月は特に丸く大きく、そして近くに見える。そう心が見せているのだろうか?錬太郎は不思議な世界を一人旅をしているような気持ちだった。
フォリナーに着くと「マスター。。。ただいま」と一言。
マスターは何も言わずバーボンを注いでカウンターに滑らせた。グラスを持ち口に運ぼうとしたとき「錬ちゃん、先ほどの女性、恭子さんの気持ち。。。なんとなく分かるな~。。。人間って予感なしに突然沸き起こる感情があるよね。衝動とは違う、何だろう。。。突然沸き起こる感情だと思っているけど、実は過去から沸き起こる時を待っていた。。。とでも言うべきかな?」とマスターがぼそぼそと呟いた。
錬太郎は答えるでもなく「太宰の斜陽に出てくるヒロインの“かずこ”がこんなこと言ってたよね。。。“人間は恋と革命のために生まれて来たのだ”。。。と。ね」
「大人たちへの反逆の精神、大人たちの生き方に価値を見出せなかった。俺もその一人になりかけているのかもしれない」と言った。「ほほ~。錬ちゃん、まさか。。。恋一つにすがらなけれけば生きて行けない。。。なんて言うんじゃないよね?まるで太宰の世界になってるよ!」とマスターが歯切れよく錬太郎の言葉を掴んだ。
「まぁ。。。おやじのハートも捨てたもんじゃないってとこさぁ♪マスター。。。今夜はもう少し付き合ってよ!自分が心を持っていることに不思議さを感じた今夜にさぁ。。。乾杯♪」と錬太郎とマスターの不思議な夜が更けていった。彼女の手の温もりを残す手だけは冷やしたくないと思い、そっとポケットに入れた錬太郎であった。
つづく