-60代の仕事探しは厳しい。それでも、まだ終わりじゃないー
封筒を見た瞬間わかってしまった
先日、一通の封筒が郵便受けに入っていました。
手に取った瞬間、わかりました。
応募していた会社からの、選考結果です。
そして、それが採用通知ではないこともなんとなく、わかってしまいました。
これまで何度も応募を繰り返してきた経験から、封筒の厚みや大きさで、開ける前からなんとなく予感がするのです。薄くて、小さい封筒。それだけで、もう胸の中がずんと重くなります。
案の定、中に入っていたのは不採用通知でした。
「このたびは慎重に選考を行いました結果、誠に残念ながら……」
この文章は何度見ても、慣れません。
60代になっても、あの文字を目にすると、やはり落ち込みます。一行目を読んだだけで、それ以上読み進める気力がなくなって、しばらくそのまま椅子に座ったまま、動けずにいました。
窓の外は、何事もないような、穏やかな午後でした。
その静けさが、なんだかよけいに胸に染みた気がしました。
今回は、少しだけ期待していた
正直に言うと、今回の応募には、少しだけ期待を持っていました。
仕事の内容は事務職。長年積み重ねてきた経験が、十分に活かせそうでした。
勤務地は、乗り換えなしで通える範囲。毎日の通勤のことを考えても、無理のない距離でした。
勤務時間も、自分の生活リズムに合っていました。
そして何より、面接の雰囲気がよかったのです。
面接室に通されて、担当の方と向き合ったとき、穏やかな印象の方で、最初の自己紹介から自然と言葉が出てきました。「これまでの経験を教えてください」という質問にも、落ち着いて答えられました。担当者の方も、うなずきながら聞いてくださって、「それは長年のご経験ですね」と言っていただけた場面もありました。
面接室を出て、外の空気を吸ったとき、「今日は悪くなかったかもしれない」と思ったのを覚えています。
それだけに、ショックでした。
期待していた分だけ、落差も大きかった。
封筒を持ったまま、どのくらいそこに座っていたでしょうか。気づいたら、部屋がすっかり薄暗くなっていました。
なぜ落ちたのか、考えても答えは出なかった
不採用通知を手に持ちながら、しばらく考えていました。
なぜ、落ちたのだろう。
でも、本当の理由は誰にもわかりません。企業が応募者に選考の理由を教えてくれることは、まずありません。
「あのとき、ああ答えればよかったのだろうか」
「志望動機が、うまく伝えられなかったのだろうか」
「スキルが、求めているものと少し違っていたのだろうか」
頭の中でぐるぐると考えを巡らせましたが、答えは出ません。出るはずのない問いを、延々と繰り返していただけでした。
60代で仕事を探していると、どうしても「年齢のせいかもしれない」という考えが、頭の片隅に浮かんでしまいます。
求人票には「年齢不問」と書いてあります。確かに応募はできます。面接も受けられます。
でも採用する側が、複数の応募者の中から一人を選ぶとき。同じくらいの経験やスキルを持っている人が並んだとき。若い方が有利になる場面は、やはりあるだろうと思います。
私自身、若い頃に新人教育に関わったことがあります。教える立場に立ったとき、吸収の早さや順応のしやすさという点で、若い方の方が扱いやすいと感じることがあったのも、正直なところです。だから企業の側の事情は、頭ではわかります。
わかります。でも——納得できるかというと、それはまた別の話なのです。
「年齢だけが理由ではない」と自分に言い聞かせる
落ち込んだとき、人は決まって悪い方へと考えが向かっていくものです。
「やっぱり60代だからだ」
「もうどこにも採用してもらえないのかもしれない」
「この先、どうしたらいいんだろう」
そんな言葉が、次々と頭の中に浮かんできます。
でも、少しだけ冷静になって考えてみると、不採用の理由が年齢だけとは限りません。
今回の応募に、私以外に何人の方が応募されていたのか、まったくわかりません。もしかしたら、たまたまその仕事に対して非常に高いスキルを持った方が応募してきていたのかもしれません。特定の資格や経験を、企業がより重視していたのかもしれません。あるいは、会社が求めていた人物像と私の雰囲気が、少しだけ合わなかっただけのことかもしれません。
不採用という結果だけを見て、自分という人間の価値まで、丸ごと否定する必要はない。
最近は、そう意識的に自分に言い聞かせるようにしています。
でも正直なところ、頭でわかっていても、気持ちはそう簡単には切り替わらないのが本当のことで。「わかってはいるけど、やっぱり落ち込む」——そんな矛盾した気持ちを、毎回どこかに抱えながら、それでも次へ向かおうとしているのが、今の私の現状です。
仕事が決まらない不安より、もっと怖いもの
60代の求職活動で本当に怖いのは、不採用そのものではないと、最近気づきました。
もっと怖いのは、収入が途絶えていくことです。
私は契約期間満了で仕事を辞めました。年金もまだ受給していません。つまり、今の私には、働かなければ収入がない状況が続いています。
一人暮らしですから、家賃も、光熱費も、食費も、すべて自分一人の収入でまかなわなければなりません。誰かと分け合うことは、できないのです。
不採用通知を受け取るたびに、胸の中で二つの気持ちがぶつかり合います。
ひとつは「悔しい、ショックだ」という気持ち。
もうひとつは「また振り出しに戻ってしまった。次はどうしよう」という、じわじわとした焦りと不安です。
通帳を開いてはため息をつき、求人サイトを開いては「この条件で応募していいだろうか」と迷い、応募しようか、やめておこうか、と考えているうちに一日が終わってしまうこともあります。
一人暮らしで、こういう気持ちを誰かにすぐに打ち明けられないのも、また心細さを増させます。「大変だったね」と言ってくれる人が、すぐそばにいないのですから。
そんなとき、部屋の静けさが、ひどく重く感じられることがあります。
ハローワークで見た、同世代の人たちのこと
落ち込んだ日の翌日、私はハローワークへ向かいました。
特に目的があったわけではありません。新しい求人を探すためでもありましたが、実はそれだけではなかったように思います。
一人で部屋にいると、どんどん気持ちが内向きになっていくのです。同じことをぐるぐると考えてしまう。だから、外に出て、あの場所に行くことで、気持ちを少し動かそうとしていたのかもしれません。
館内に入ると、求人端末の前にはたくさんの方が座っていました。
私と同じくらいの年代と思われる女性が、画面を真剣に見つめながらメモを取っています。
定年後と思われる男性が、老眼鏡をかけ直しながら、丁寧に求人票を読み込んでいます。
若い方も、中高年の方も、それぞれが真剣な表情で、自分の次の仕事を探しています。
その光景を見たとき、胸の中にあった重いものが、少しだけほぐれていく感じがしました。
頑張っているのは、私だけじゃない。
不採用を経験して、それでも諦めずに次を探しているのは、私だけじゃない。
「みんなそれぞれ、自分の事情を抱えながら、それでも前を向いているんだ」と思えると、不思議と気持ちが少し軽くなるのです。
ハローワークに行くことが、求人を探すためだけじゃなくなっていた。そのことに、その日、初めて気がつきました。
何度落ちても応募をやめなかった理由
これまでに何度、不採用通知を受け取ってきたでしょうか。
書類選考で落ちたこともあります。面接まで進んで落ちたこともあります。「惜しかったのですが」という一言が添えられていたこともありました。その言葉がよけいに、胸に刺さりました。
正直なところ、「もう応募するのをやめたい」と思った日もありました。書類を書く気力も出なくて、求人サイトを開くことすら億劫になって、一日中ぼんやりとテレビを見て過ごした日もありました。
でも不思議なことに、一晩眠ると、少しだけ元気が戻ってくるのです。
翌朝、何気なく求人サイトを開いている自分がいます。「この求人、昨日はなかったな」とチェックしている自分がいます。
なぜ続けられるのだろう、と自分でも考えることがあります。
生活のためというのは、もちろんあります。収入がなければ、暮らしていけません。それは正直な理由です。
でも、それだけではないと思っています。
まだ、働きたいのです。
誰かの役に立てる場所で、自分のこれまでの経験を活かしたいのです。
社会とのつながりを持ち続けたいのです。
朝、目的を持って家を出ること。誰かに「ありがとう」と言ってもらえること。仕事を終えて帰るときの、疲れたけれど充実した気持ち。一人暮らしだからこそ、そういうものが、生活の中の大切な張り合いになっているのだと思います。
だから、応募を続けています。
不採用通知が届いた日の、私なりの過ごし方
何度も不採用を経験する中で、「この日はこう過ごそう」という、自分なりのやり方が少しずつできてきました。
その日は、無理に気持ちを切り替えようとしない。
「次へ行こう」「気にしても仕方ない」——頭ではわかっていても、気持ちはそうすぐには動きません。無理に前向きになろうとすると、かえってしんどくなることがありました。だからその日は、落ち込んだまま、ゆっくり過ごすことにしています。
好きなものを食べる。
大したことではありませんが、これが意外と大切です。普段より少しだけ贅沢なものを、丁寧に用意して、ゆっくり食べる。それだけで、「自分を大事にしてあげられた」という気持ちになれる気がします。
翌日か翌々日に、外へ出る。
一人で部屋にこもっていると、気持ちがどんどん暗い方へ向かっていきます。ハローワークでも、近所のスーパーでも、散歩でも。とにかく外に出て、人のいる場所へ行くことで、自分の中の空気が少し入れ替わっていく感じがします。
次の求人を、すぐには探さない。
落ち込んでいるときに求人を見ても、何も前向きに考えられません。「どうせ落ちる」という気持ちで書いた応募書類は、やっぱりどこかしらに元気がなくなってしまいます。少しだけ気持ちが落ち着いてから、改めて求人と向き合うようにしています。
60代だからこそ、伝えたいこと
もし今、不採用通知を受け取って、気持ちが沈んでいる方がいらっしゃったら、ひとつだけ伝えさせてください。
落ち込んでいいのです。悔しがっていいのです。
「もっとしっかりしなきゃ」「いつまでも落ち込んでいられない」と、自分を急かす必要はありません。私も、そうすぐには立ち直れません。しばらくはぼんやりして、ため息をついて、それでいいと思っています。
ただ、ひとつだけ覚えておいてほしいことがあります。
不採用というのは、あなたの人格を否定されたことではありません。あなたのこれまでの人生を、否定されたことでもありません。
たった一通の手紙が、あなたという人間の価値を決めることなど、絶対にできません。
その会社との縁が、今回はなかった。ただそれだけのことです。
おわりに|今日落ち込んだなら、明日また求人票を開いてみましょう
不採用通知が届いた日は、先が見えなくなります。
「もうダメかもしれない」という気持ちになります。私も何度も、そんな夜を過ごしてきました。
でも振り返ってみると、不採用になった会社のことより、その後に縁あって採用していただいた職場で出会った人たちのことの方が、ずっと大きく心に残っています。
あのとき落ちていたから、今ここにいる。そう思える瞬間が、きっとあなたにも来ると信じています。
今はまだ次の仕事が決まっていなくても、大丈夫です。今日一日落ち込んだなら、明日はまた、ゆっくりと求人票を開いてみましょう。
60代の仕事探しは、確かに簡単ではありません。一人暮らしであれば、なおさら心細いこともあります。
それでも、人生はまだ続きます。
私もまた、次の求人を探します。
一緒に、頑張りましょう。
