ハワリンバヤル(その1)
順序が逆になりますが、何故puujeeの映画を見に行くことになったのか・・・
実は、私の母親がテレビを見ていて、自宅近くの光が丘公園で「モンゴルのお祭りが開かれる」と
いうニュースを耳にしたらしく「インターネットだったら、どんな出し物があるのかわかる?」
それで調べたときにpuujeeの映画に行き当たったんです。
ちなみにハワリンバヤルとは、モンゴル語で「春のお祭り」という意味だそうです。
いうニュースを耳にしたらしく「インターネットだったら、どんな出し物があるのかわかる?」
それで調べたときにpuujeeの映画に行き当たったんです。
ちなみにハワリンバヤルとは、モンゴル語で「春のお祭り」という意味だそうです。
会場の光が丘公園は自宅から徒歩で20分弱。
5月4、5日の二日間の開催予定でしたが、私が行ったのは2日目の5日。
5月4、5日の二日間の開催予定でしたが、私が行ったのは2日目の5日。
会場へ到着したのは、午前11時くらい。
会場正面にはステージが設けられていて、様々なアトラクションが催されていました。

会場正面にはステージが設けられていて、様々なアトラクションが催されていました。

その手前には屋台などのお店がずらり。


ちょうどお昼頃に出かけたのは、屋台でモンゴル料理を食べるつもりだったから。
遊牧民族の料理のためか羊肉をふんだんに使っているのと、油を結構使ってました。
私は全然問題なかったのですが、他の人のブログを拝見していると羊肉の臭みがガマンできなくて
口に出来なかったという人もちらほら。こういう時には何でも食べられることに感謝しますね。
蒸し餃子(ボーズ)はショウロンポウみたいな感じですけど、中が羊肉で、かなりジューシー。
ホウショウールも中は羊肉。うちの母親はちょっと油っこくって。。。と言っていましたが。

遊牧民族の料理のためか羊肉をふんだんに使っているのと、油を結構使ってました。
私は全然問題なかったのですが、他の人のブログを拝見していると羊肉の臭みがガマンできなくて
口に出来なかったという人もちらほら。こういう時には何でも食べられることに感謝しますね。
蒸し餃子(ボーズ)はショウロンポウみたいな感じですけど、中が羊肉で、かなりジューシー。
ホウショウールも中は羊肉。うちの母親はちょっと油っこくって。。。と言っていましたが。

ジュースの方は本当にジュース。ちょっと香りに独特の感じがありますけど、飲み口は普通の
柑橘系の飲み物っぽい感じ。

柑橘系の飲み物っぽい感じ。

お腹を満たして辺りを見回すと、民族衣装に身をまとったモンゴルの方が。。。
そして、宣伝のために借り出されたHISの社員の方も・・・w。

そして、宣伝のために借り出されたHISの社員の方も・・・w。

puujee(プージェー)

この映画(http://puujee.info/index.htm)との出会いのきっかけは、フジテレビで放映されていた
「関野吉晴のグレートジャーニー」。
アフリカから始まり、南米に至った人類の進展の歴史を逆に辿ろうという冒険家である関野氏の
旅に関するドキュメンタリー。
「関野吉晴のグレートジャーニー」。
アフリカから始まり、南米に至った人類の進展の歴史を逆に辿ろうという冒険家である関野氏の
旅に関するドキュメンタリー。
動力に頼らず、自分の足や動物などの力だけでアフリカを目指す旅。
その途中で紹介されたのが、モンゴルに生を受けたプージェーの日々の生活でした。
その途中で紹介されたのが、モンゴルに生を受けたプージェーの日々の生活でした。
番組で紹介されたプージェー(1999年当時、6歳)は、写真を撮影する関野氏に対して、
とてもムッとした表情で睨み付ける表情がとても印象的で、それを裏付けるように
「写真を撮るなら、こちらに来ないで」と関野氏を叱り付けます。
馬泥棒に馬を盗まれて盗賊を追っていった母親の代わりに、大事な家畜を守る仕事をしているのだ
という気持ちが、表情からだけも読み取れました。
そして、翌日に関野氏が彼女の自宅を訪ねたことをきっかけに、関野氏とプージェー一家の交流が
始まります。
とてもムッとした表情で睨み付ける表情がとても印象的で、それを裏付けるように
「写真を撮るなら、こちらに来ないで」と関野氏を叱り付けます。
馬泥棒に馬を盗まれて盗賊を追っていった母親の代わりに、大事な家畜を守る仕事をしているのだ
という気持ちが、表情からだけも読み取れました。
そして、翌日に関野氏が彼女の自宅を訪ねたことをきっかけに、関野氏とプージェー一家の交流が
始まります。
それと時を同じくして、馬泥棒の探索を諦めて帰宅した母親が1ヶ月ぶりに戻ってきます。
心が打ち解けると、そこはやはり6歳の女の子。とても優しげな表情が目に付きます。
彼女の夢は先生になること。物語を語ってあげるために教師になりたいとの夢を語ります。
ほんの数日、関野氏はそこに滞在する訳ですが、その間のプージェーの表情は初日のそれとは
180度違う世界を見せるのです。
心が打ち解けると、そこはやはり6歳の女の子。とても優しげな表情が目に付きます。
彼女の夢は先生になること。物語を語ってあげるために教師になりたいとの夢を語ります。
ほんの数日、関野氏はそこに滞在する訳ですが、その間のプージェーの表情は初日のそれとは
180度違う世界を見せるのです。
関野氏が帰国する直前、プージェーの母親は関野氏に一頭の馬をプレゼントします。
関野氏は馬を日本につれて帰ることが出来ないので、その馬を一家に預けて翌年の春に
再訪することを約します。
関野氏は馬を日本につれて帰ることが出来ないので、その馬を一家に預けて翌年の春に
再訪することを約します。
翌年(2000年)の春、関野氏は約束どおりプージェーの元を訪れます。が、プージェーの母親の
姿がありません。誰も口にしない中でプージェーの祖母がそっと真実を語ってくれました。
関野氏に正月に挨拶の手紙を贈ってくれた彼女の母親は、突然亡くなったことが判明します。
資本主義に移行した政府が、健康保険証が無く、かつ現金で治療費を払うことが難しいという
遊牧民であることを理由に診療を拒否されてしまった結果、彼女の母親は亡くなってしまったのです。
今や相撲ブームですっかり有名になったモンゴルの悲しい一面です。
姿がありません。誰も口にしない中でプージェーの祖母がそっと真実を語ってくれました。
関野氏に正月に挨拶の手紙を贈ってくれた彼女の母親は、突然亡くなったことが判明します。
資本主義に移行した政府が、健康保険証が無く、かつ現金で治療費を払うことが難しいという
遊牧民であることを理由に診療を拒否されてしまった結果、彼女の母親は亡くなってしまったのです。
今や相撲ブームですっかり有名になったモンゴルの悲しい一面です。
前回、関野氏が訪れたとき優しげな笑顔を振りまき、馬泥棒の被害を受けてそれでなくとも
生活が苦しいにも関わらず、その中であえてプージェーの愛馬をプレゼントをしようとする
彼女の優しさと、外国人に対しても真摯に向き合ってくれる気持ちの持ち主の死は、
あまりにやるせなさ過ぎます。それでも日常生活では笑顔を絶やさない祖母とプージェー。
特に祖母にとっては自分の旦那(祖父)も亡くなってしまったとても辛い冬だったはずだったのに。
生活が苦しいにも関わらず、その中であえてプージェーの愛馬をプレゼントをしようとする
彼女の優しさと、外国人に対しても真摯に向き合ってくれる気持ちの持ち主の死は、
あまりにやるせなさ過ぎます。それでも日常生活では笑顔を絶やさない祖母とプージェー。
特に祖母にとっては自分の旦那(祖父)も亡くなってしまったとても辛い冬だったはずだったのに。
その年の春から学校に通い始めたばかりの彼女の夢は、学校の先生から日本語の教師になることに
変化していました。
変化していました。
そして4年後、2004年に再びモンゴルを訪れた関野氏に悲劇は再び繰り返されます。
小学校の卒業試験の日、彼女の人生は突然に終止符を打たれてしまったのです。
バスから降りた彼女は後ろから走ってきた車に轢かれて12年の短い生涯を終えます
(映画にはこのシーンはありません。テレビで放送されたドキュメンタリーで事故の現場が
映し出されていました)。
皮肉にも、彼女が亡くなった翌日は、彼女の人生を変えることになった関野氏が、
彼女に日本への留学の話を持って会うためにモンゴルで彼女との再会を果たす予定だったのです。
小学校の卒業試験の日、彼女の人生は突然に終止符を打たれてしまったのです。
バスから降りた彼女は後ろから走ってきた車に轢かれて12年の短い生涯を終えます
(映画にはこのシーンはありません。テレビで放送されたドキュメンタリーで事故の現場が
映し出されていました)。
皮肉にも、彼女が亡くなった翌日は、彼女の人生を変えることになった関野氏が、
彼女に日本への留学の話を持って会うためにモンゴルで彼女との再会を果たす予定だったのです。
それまで、自分の旦那が亡くなっても、娘が亡くなっても笑顔を絶やさなかった祖母の顔から
笑顔が消えたという事実はあまりにも重たい出来事でした。
笑顔が消えたという事実はあまりにも重たい出来事でした。
私はこの映画を見る前に、フジテレビの番組を通じてこの物語の結末まで全て知っていました。
自宅でも涙したのを覚えていましたが、やはり会場で涙してしまいました。
私だけではありません。隣で見ていた母親も、会場で見ていた観客も。
泣いていない人はほとんどいませんでした。こうした悲劇は発展途上国では特別な話ではなく、
たまたま旅行者が立ち寄った家庭に生じた出来事です。
安全な国に生まれ、育った私が、どんなに言葉を重ねてもこの映画の本質を伝えることが
出来ないことは、自分自身が一番分かっています。
自宅でも涙したのを覚えていましたが、やはり会場で涙してしまいました。
私だけではありません。隣で見ていた母親も、会場で見ていた観客も。
泣いていない人はほとんどいませんでした。こうした悲劇は発展途上国では特別な話ではなく、
たまたま旅行者が立ち寄った家庭に生じた出来事です。
安全な国に生まれ、育った私が、どんなに言葉を重ねてもこの映画の本質を伝えることが
出来ないことは、自分自身が一番分かっています。
この映画は特別に製作されたものではありません。
テレビ撮影のたまに現実に発生したことを時系列的に映し出した単なるドキュメンタリーです。
でも、どんなにお金を掛けた作り物よりも何十倍も大切で重要なものを映し出してくれると感じています。今回の上演もそうでしたが、本格的な映画ではなくDVDを利用した上演を中心に、
全国の各地で上演会をやっているようなので、もしも彼女の名前(プージェー)の名前を
目にすることがあれば、是非見に行ってください。
必ずや何か感じることが出来ると、私は信じます。
テレビ撮影のたまに現実に発生したことを時系列的に映し出した単なるドキュメンタリーです。
でも、どんなにお金を掛けた作り物よりも何十倍も大切で重要なものを映し出してくれると感じています。今回の上演もそうでしたが、本格的な映画ではなくDVDを利用した上演を中心に、
全国の各地で上演会をやっているようなので、もしも彼女の名前(プージェー)の名前を
目にすることがあれば、是非見に行ってください。
必ずや何か感じることが出来ると、私は信じます。
文句無く☆5です。
ゼア・ウィル・ビー・ブラッド
先週の月曜日、午後7時過ぎまで管理者向けの研修が行われたこともあり、
最寄りのターミナルステーションに到着したのは午後8時過ぎ。
まっすぐ帰宅するつもりでしたが、人身事故で若干ダイヤが乱れていたので、いつも乗車する
準急・急行ではなく、各駅停車に乗車しました。
そして、車内で暇つぶしの雑誌(AERA)を読んでいたら、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
の紹介記事が載っていて、ふと「明日休みだし、レイトショーでも見ようか・・・」と
途中下車することに。見る候補の映画は2つ。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」と「大いなる陰謀」。
最寄りのターミナルステーションに到着したのは午後8時過ぎ。
まっすぐ帰宅するつもりでしたが、人身事故で若干ダイヤが乱れていたので、いつも乗車する
準急・急行ではなく、各駅停車に乗車しました。
そして、車内で暇つぶしの雑誌(AERA)を読んでいたら、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」
の紹介記事が載っていて、ふと「明日休みだし、レイトショーでも見ようか・・・」と
途中下車することに。見る候補の映画は2つ。「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」と「大いなる陰謀」。
映画館に到着した時、ちょうど10分後に開演になるのが前者だったので、そちらに駆け込むことになりました。
この映画は、アカデミー賞の主演男優賞を獲得した作品ですから、ご存知の方も多いかもしれませんね。


封切りから1週間も経っていないこともあり、これから見る人もいらっしゃると思いますが・・・
以下、若干のネタバレありです。
プログラムや雑誌の紹介文書では、主人公について「金を儲けるためには手段を選ばない」男
(例えば、しがみつく子供の手を振り払って油田を守る・・・)として描かれていますが、
私はそう感じませんでした。
確かに、油田を手に入れるためには、人の良い田舎の人々を騙して油井を確保しようとしたり、
自説を曲げて信じていない怪しげな司教の洗礼を受けたりはしますが、
一方で、息子とはどんな時でも一緒に過ごしているし、息子がガス爆発に巻き込まれた時には、
まずは息子を助け出し、生命の安全が確保されてから、消火作業に出て行ったり、
耳が聞こえなる原因となるガス爆発で父親に不信感を持った息子が自宅に火を放ったときも、
無責任に放り出すのではなく教師を探し出して預けたりと、家族に対する愛情はきちんと
示していると感じました。
それは、弟と称する男が出てきた場面でも同じ。身内のためには出来るだけ骨を折ろうという
姿勢にも見えました。そして、事実と異なるということが分かった瞬間に、ドライな割り切りを
してしまう。。。これも分かりやすい話です。
プログラムや雑誌の紹介文書では、主人公について「金を儲けるためには手段を選ばない」男
(例えば、しがみつく子供の手を振り払って油田を守る・・・)として描かれていますが、
私はそう感じませんでした。
確かに、油田を手に入れるためには、人の良い田舎の人々を騙して油井を確保しようとしたり、
自説を曲げて信じていない怪しげな司教の洗礼を受けたりはしますが、
一方で、息子とはどんな時でも一緒に過ごしているし、息子がガス爆発に巻き込まれた時には、
まずは息子を助け出し、生命の安全が確保されてから、消火作業に出て行ったり、
耳が聞こえなる原因となるガス爆発で父親に不信感を持った息子が自宅に火を放ったときも、
無責任に放り出すのではなく教師を探し出して預けたりと、家族に対する愛情はきちんと
示していると感じました。
それは、弟と称する男が出てきた場面でも同じ。身内のためには出来るだけ骨を折ろうという
姿勢にも見えました。そして、事実と異なるということが分かった瞬間に、ドライな割り切りを
してしまう。。。これも分かりやすい話です。
また、映画の最後の場面でも、息子が独立して石油屋になろうとする時も「お前は本当の子供ではない。
ビジネスのために利用するために育てた」ということを言いますが、
もし本当にそれだけなら、自ら危険を犯して息子を助け出したり、子供のための教師の手配を
したりもしないのでは??独立していく息子に対して、あえて反抗心を煽ることで成功への道筋を
示しているのではないかとも感じました。
ビジネスのために利用するために育てた」ということを言いますが、
もし本当にそれだけなら、自ら危険を犯して息子を助け出したり、子供のための教師の手配を
したりもしないのでは??独立していく息子に対して、あえて反抗心を煽ることで成功への道筋を
示しているのではないかとも感じました。
つまり、映画全編を通して、油田を通して他人の生き血を啜りながら金を儲けては行きますが、
家族(身内)に対してはできる限りの愛情を注いでいるような男として描かれているように感じました。
その意味で、事前のインフォメーションとは全然違う映画だと受け止めました。
まぁ、原作本では本当に冷酷な石油屋として描かれているのかもしれませんが・・・。
家族(身内)に対してはできる限りの愛情を注いでいるような男として描かれているように感じました。
その意味で、事前のインフォメーションとは全然違う映画だと受け止めました。
まぁ、原作本では本当に冷酷な石油屋として描かれているのかもしれませんが・・・。
映画の本筋とは違いますが、BGMはかなり独特で、耳障りと感じる人と適切な描写と感じる人で
かなり分かれそうな感じがします。
ただ、共通して思うのは、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の第3楽章については、
全ての観客が鮮烈なイメージを植え付けられるであろうということ。
結構気に入った演奏だったので、エンドロールで誰の演奏だか確かめたら、私の大好きな
アンネ=ゾフィー ムターの演奏だったので、「さすが!」と改めて感じました。
かなり分かれそうな感じがします。
ただ、共通して思うのは、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の第3楽章については、
全ての観客が鮮烈なイメージを植え付けられるであろうということ。
結構気に入った演奏だったので、エンドロールで誰の演奏だか確かめたら、私の大好きな
アンネ=ゾフィー ムターの演奏だったので、「さすが!」と改めて感じました。
私としては、世の中の評価ほどではなかったので・・・☆4つかな?