ベルリン旅行(感謝・感激編)
ここのところ仕事が忙しく、旅行に出かけることもままなら無いので、昨年のベルリン旅行の
写真を少しずつアップしているところですが、このドイツ旅行でも多くの方々に助けていただいたので
お礼の意味も含めて書かせていただこうと思います。
写真を少しずつアップしているところですが、このドイツ旅行でも多くの方々に助けていただいたので
お礼の意味も含めて書かせていただこうと思います。
ドイツに入国して数時間後、私はベルリン・ドイツオペラの中にいました。
ベルリンに到着してすぐにホテルにチェックインし、オペラハウスに向かったのですが、
それでも開演に間に合うかどうかぎりぎりの時間でした。
タイトルロールのサロメを歌うスーザン・アンソニーは、以前、ハンブルグに行った時に見た
ワーグナーの「神々の黄昏」のグートルーネ役で聞いたことがあります。
今回はタイトルロールということもあり、時間があればサインをもらってみようかと考え、
当時の配役表を持参していきました。
ベルリンに到着してすぐにホテルにチェックインし、オペラハウスに向かったのですが、
それでも開演に間に合うかどうかぎりぎりの時間でした。
タイトルロールのサロメを歌うスーザン・アンソニーは、以前、ハンブルグに行った時に見た
ワーグナーの「神々の黄昏」のグートルーネ役で聞いたことがあります。
今回はタイトルロールということもあり、時間があればサインをもらってみようかと考え、
当時の配役表を持参していきました。
終演後、初めてのオペラハウスなので、一応、楽屋口を観にいったところ何人かの地元ファンが
歌手の出を待っていました。そこで、地元の人に話しかけられて少しだけ話をしたので、
ついでに出てくるまで待つことにしました。せっかく待つのならサインをもらおうと
カバンを探してみると・・・ペンが無い。そう、ホテルの中に置いてきてしまったのです。
そうこうしている間に、スーザン・アンソニーが出てきてしまいました。
仕方なくあきらめ掛けたとき、サインをもらい終わって帰ろうとしていたドイツ人が
「どうしたの?」と声を掛けてくれました。「ペンがなくて。。。」
歌手の出を待っていました。そこで、地元の人に話しかけられて少しだけ話をしたので、
ついでに出てくるまで待つことにしました。せっかく待つのならサインをもらおうと
カバンを探してみると・・・ペンが無い。そう、ホテルの中に置いてきてしまったのです。
そうこうしている間に、スーザン・アンソニーが出てきてしまいました。
仕方なくあきらめ掛けたとき、サインをもらい終わって帰ろうとしていたドイツ人が
「どうしたの?」と声を掛けてくれました。「ペンがなくて。。。」
すると彼は自分のカバンからボールペンを出して、「まだ間に合うよ、あっちにいるよ」と
スーザン・アンソニーの歩いている場所を指差します。
おかげでサインをもらうことができました。急いで戻って彼にボールペンを渡そうとする
「いいよ、あげる。ペンが無いと困るよ」と言って、自転車に乗って立ち去っていきました。
スーザン・アンソニーの歩いている場所を指差します。
おかげでサインをもらうことができました。急いで戻って彼にボールペンを渡そうとする
「いいよ、あげる。ペンが無いと困るよ」と言って、自転車に乗って立ち去っていきました。
その時のサインといただいたボールペン(Moevenpick)が下の写真です。

翌日、午前中の観光を終えて、午後3時からコンツェルトハウスでベルリン・
ブランデンブルグ州立連盟の合同ニューイヤーコンサートがあったので、会場に足を運びました。
ただ、特に有名な歌手が出るコンサートでも無いので、どうしても聴きたいというほど気合が
入っている訳ではありません。
ただ、初めての本場のニューイヤーコンサートですから、機会があれば・・・程度で気持ちで
チケット売り場に行きました。チケット売り場のおばさんは早口のドイツ語で話すので、
部分的には分かるもののはっきりしません。でも、どうやら私が行ったチケット売り場は、
予約チケットの受付であり、当日券売り場は別のところにあることが判明しました。
そこで、当日券売り場に行ってチケットはあるか確認すると、「売り切れ」という返事。
どうしても聴きたいというほどの公演ではなかったので、コンサートを諦めて市内観光をするつもりで、
踵を返しかけたところ、近くに居た場内案内係りの男の子(どう見ても私より年下)が、
「このチケットをあげるよ」とチケットを差し出しました。私もびっくりしたのですが
せっかくのご厚意なので、チケットを受け取りお金を出そうとすると「招待券だから
お金はいらない。コンサートを楽しんで来て」と言って仕事に戻っていきました。
ブランデンブルグ州立連盟の合同ニューイヤーコンサートがあったので、会場に足を運びました。
ただ、特に有名な歌手が出るコンサートでも無いので、どうしても聴きたいというほど気合が
入っている訳ではありません。
ただ、初めての本場のニューイヤーコンサートですから、機会があれば・・・程度で気持ちで
チケット売り場に行きました。チケット売り場のおばさんは早口のドイツ語で話すので、
部分的には分かるもののはっきりしません。でも、どうやら私が行ったチケット売り場は、
予約チケットの受付であり、当日券売り場は別のところにあることが判明しました。
そこで、当日券売り場に行ってチケットはあるか確認すると、「売り切れ」という返事。
どうしても聴きたいというほどの公演ではなかったので、コンサートを諦めて市内観光をするつもりで、
踵を返しかけたところ、近くに居た場内案内係りの男の子(どう見ても私より年下)が、
「このチケットをあげるよ」とチケットを差し出しました。私もびっくりしたのですが
せっかくのご厚意なので、チケットを受け取りお金を出そうとすると「招待券だから
お金はいらない。コンサートを楽しんで来て」と言って仕事に戻っていきました。
いただいたチケットの場所に座っていると、開演5分前くらいに彼の知り合いと
思われる女性が隣にやってきました。日本人と知ってちょっと驚いたようですが、
ちょっと間をおいて、ドイツ語で話しかけてきました。残念ながら私が少ししか
ドイツ語を理解できないことがわかると、英語で「彼からチケットを譲ったと話を
聞いています。コンサートを楽しんでね」と言ってくれました。
最初は私が音楽を知っているか心配そうにしていましたが、曲が終わるごとに
「日本語では○○という名前ですよ」と話しているうちに、「私よりも良く知ってるわね」と
言って、安心していただけたみたいです。
思われる女性が隣にやってきました。日本人と知ってちょっと驚いたようですが、
ちょっと間をおいて、ドイツ語で話しかけてきました。残念ながら私が少ししか
ドイツ語を理解できないことがわかると、英語で「彼からチケットを譲ったと話を
聞いています。コンサートを楽しんでね」と言ってくれました。
最初は私が音楽を知っているか心配そうにしていましたが、曲が終わるごとに
「日本語では○○という名前ですよ」と話しているうちに、「私よりも良く知ってるわね」と
言って、安心していただけたみたいです。
こうして、売り切れ公演のニューイヤーコンサートを聴くことができました。
その時のパンフレットと入場券です。

第3日目、翌日の午前中には帰国便に乗らなければならないのですが、あちこち観光を
しているうちに、美術館へ行く時間がなくなってしまいました。
今回の旅行でベルリンを選んだのは、ゲマルゲガレリー(絵画館)にフェルメールの絵
があったことも理由の一つでした。
閉館45分前、何とか絵画館に到着して、建物の中に入っていき入場券を購入しようと
すると、「1時間前で当日券販売は終わり」と言われてしまいました。
翌日は正午近くのフライトなので、翌朝に再訪することは絶対に無理。
そこで、もう一度、「明日の午前中には日本に帰らなければいけません。フェルメール
だけでも見せてもらえませんか」とお願いすると、彼女はかなり渋い顔をしながらも「オーケー」
「入場料は?」「フェルメールだけ?そこの階段を下りて荷物を預けて、そこを左にいったところに
あるから。急いで!!」
今回の件は、完全に私のわがままにも関わらず、短い限られた時間とは言え、入場料も支払わずに、
フェルメールを見る機会を与えていただきました。
彼女の親切はずっと心に残っています。
しているうちに、美術館へ行く時間がなくなってしまいました。
今回の旅行でベルリンを選んだのは、ゲマルゲガレリー(絵画館)にフェルメールの絵
があったことも理由の一つでした。
閉館45分前、何とか絵画館に到着して、建物の中に入っていき入場券を購入しようと
すると、「1時間前で当日券販売は終わり」と言われてしまいました。
翌日は正午近くのフライトなので、翌朝に再訪することは絶対に無理。
そこで、もう一度、「明日の午前中には日本に帰らなければいけません。フェルメール
だけでも見せてもらえませんか」とお願いすると、彼女はかなり渋い顔をしながらも「オーケー」
「入場料は?」「フェルメールだけ?そこの階段を下りて荷物を預けて、そこを左にいったところに
あるから。急いで!!」
今回の件は、完全に私のわがままにも関わらず、短い限られた時間とは言え、入場料も支払わずに、
フェルメールを見る機会を与えていただきました。
彼女の親切はずっと心に残っています。
こうしたドイツ人のご厚意により、3泊5日の本当に短い旅行が、実り多い、充実した旅行と
なりました。
ドイツの皆さん、本当にありがとうございました。
なりました。
ドイツの皆さん、本当にありがとうございました。
小俣雅子の満腹物語@メトロガイド4月号
今回のコラムでは、詩人のアーサー・ビナードさんが関心を持った夏目漱石の俳句が
取り上げてありました。
取り上げてありました。
彼は真桑瓜(まくわうり)の意味を調べるために国語辞典を引いたところ、
「吹井戸やぽこりぽこりと真桑瓜」という例文が載っていて、後日、漱石全集を調べたところ、
「吹井戸やぼこりぼこりと真桑瓜」となっていたそうです。
「吹井戸やぽこりぽこりと真桑瓜」という例文が載っていて、後日、漱石全集を調べたところ、
「吹井戸やぼこりぼこりと真桑瓜」となっていたそうです。
「ぽこりぽこり」だと、井戸の中に瓜がひとつだけ浮いている様子を思い浮かべ、
「ぼこりぼこり」だと、井戸の中で瓜がひしめき合って窮屈な様子を思い浮かべたそうです。
「ぼこりぼこり」だと、井戸の中で瓜がひしめき合って窮屈な様子を思い浮かべたそうです。
そのほかにも、食事を食べるときも「ぱくぱく」と食べるのは美味しそうだけど、「ばくばく」
と食べるとハラが膨らめばよいといったように感じるし、「ぷくぷく」した頬っぺたはほめ言葉だけど、
「ぶくぶく」した頬っぺたはほめ言葉とは思えない・・・などなど、いろんな例を引いて言葉の印象の
違いについて書いていらっしゃいます。
と食べるとハラが膨らめばよいといったように感じるし、「ぷくぷく」した頬っぺたはほめ言葉だけど、
「ぶくぶく」した頬っぺたはほめ言葉とは思えない・・・などなど、いろんな例を引いて言葉の印象の
違いについて書いていらっしゃいます。
確かに、少しの違いですけど、大きな違いがありますよね。
だからこそ日本語の表現は難しいのでしょうね。
だからこそ日本語の表現は難しいのでしょうね。
改めて、日本語って難しいと感じたコラムでした。
井上道義@メトロガイド4月号
今回は、毎月上旬に発刊されるメトロガイドから。
今年の「ラ・フォル・ジュルネ」(熱狂の日)のテーマは、生誕250年のモーツァルト。
GWの間、モーツァルトの音楽が山ほど演奏されます。
メトロガイドでは、その演奏家の一人である井上道義氏が紹介されています。
今年の「ラ・フォル・ジュルネ」(熱狂の日)のテーマは、生誕250年のモーツァルト。
GWの間、モーツァルトの音楽が山ほど演奏されます。
メトロガイドでは、その演奏家の一人である井上道義氏が紹介されています。
井上道義氏と言えば、大学在学中に学内でバイクを乗り回して停学になったという
嘘か本当かわからないような逸話の持ち主。
ただ、非凡なのはその行動だけでなく、音楽家としての実績。
24歳で世界的な指揮者コンクールで優勝し、指揮者としては若手の30代から
世界的なオーケストラをドライブしていた実績もあります。
嘘か本当かわからないような逸話の持ち主。
ただ、非凡なのはその行動だけでなく、音楽家としての実績。
24歳で世界的な指揮者コンクールで優勝し、指揮者としては若手の30代から
世界的なオーケストラをドライブしていた実績もあります。
今回のインタビューでも非凡さを発揮していて、自分の音楽論を語るのは良いとして、
モーツァルトの「ラ・フォル・ジュルネ」の記事のはずなのに、今年の演奏については、
なぜか途中から「今年はショスタコーヴィッチの交響曲全曲(15曲)演奏をしたい」という
内容になってますw。一応、最後はモーツァルトに持っていってますけど・・・。
モーツァルトの「ラ・フォル・ジュルネ」の記事のはずなのに、今年の演奏については、
なぜか途中から「今年はショスタコーヴィッチの交響曲全曲(15曲)演奏をしたい」という
内容になってますw。一応、最後はモーツァルトに持っていってますけど・・・。
でも、今回ブログに取り上げたのは、私が日本人の指揮者と日本のオーケストラの組み合わせで
もっとも驚愕したのが、15年ほど前に聴いた井上道義指揮東京フィルハーモニーの
ショスタコーヴィッチの交響曲第11番「1905年」だからです。
もっとも驚愕したのが、15年ほど前に聴いた井上道義指揮東京フィルハーモニーの
ショスタコーヴィッチの交響曲第11番「1905年」だからです。
この交響曲第11番は第一次ロシア革命をテーマに作曲されていて、大雑把に言うと
第一楽章は帝政ロシアの政権下で圧制に苦しむ民衆の姿、
第二楽章は圧制に抵抗をはじめる民衆と無抵抗な民衆を虐殺する帝政ロシア政権、
第三楽章は虐殺された民衆への祈り、
第四楽章は帝政ロシア政権への怒りと復讐の誓い
第二楽章は圧制に抵抗をはじめる民衆と無抵抗な民衆を虐殺する帝政ロシア政権、
第三楽章は虐殺された民衆への祈り、
第四楽章は帝政ロシア政権への怒りと復讐の誓い
といった光景が描かれています。
この交響曲は第12番「1912年」へと続き、そこで第二次ロシア革命の成功が描かれます。
こうしたことから、ショスタコーヴィッチは体制に迎合した音楽を書いている、
いや体制に巻かれたフリをしながら、クレムリン政権による圧制を皮肉っているのだ
という議論があります。
この交響曲は第12番「1912年」へと続き、そこで第二次ロシア革命の成功が描かれます。
こうしたことから、ショスタコーヴィッチは体制に迎合した音楽を書いている、
いや体制に巻かれたフリをしながら、クレムリン政権による圧制を皮肉っているのだ
という議論があります。
私はどちらが正当な意見かを判断する材料は無いので、判断は出来ませんが、交響曲第11番は
この雰囲気と情景を見事に描いているということだけは言えます。
初めてこの曲を聴いたときに、各楽章の光景が、目の前に浮かんだような気がしました。
この雰囲気と情景を見事に描いているということだけは言えます。
初めてこの曲を聴いたときに、各楽章の光景が、目の前に浮かんだような気がしました。
話が随分それましたが、井上/東フィルのコンビは、この光景を寒々とした荒涼たる風景を
見事に描ききりました。一つには井上氏がショスタコーヴィッチという作曲家に対する
思い入れが強かったこと、今一つには、東フィルというオケが、暖かい音が苦手で、
かつ色彩感に乏しい音が特徴だったからだと思います。
見事に描ききりました。一つには井上氏がショスタコーヴィッチという作曲家に対する
思い入れが強かったこと、今一つには、東フィルというオケが、暖かい音が苦手で、
かつ色彩感に乏しい音が特徴だったからだと思います。
あれから15年経ち、井上氏がどんなショスタコーヴィッチ像を作っているのか、機会があれば
是非、公演を聴きに行って見たいと思っています。
是非、公演を聴きに行って見たいと思っています。
非常に暗くて重たい音楽なので、初めて聞く人にはかなりつらいと思います。くれぐれもご注意を。
私のお勧めディスク
Russian Disc
E.ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィル

このディスクは、1957年11月3日、モスクワ初演から5日しか経っていない公演の
記録です。モノラル録音で、ライブ録音のため音質は良くないですし、オケが
転んでいるところもあるのですが、そんなことを忘れさせるほどの緊張感が伝わって
きます。
E.ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィル

このディスクは、1957年11月3日、モスクワ初演から5日しか経っていない公演の
記録です。モノラル録音で、ライブ録音のため音質は良くないですし、オケが
転んでいるところもあるのですが、そんなことを忘れさせるほどの緊張感が伝わって
きます。
逆に絶対にお勧めしないのは、同じロシア人演奏家ですが、
TELDEC
M.ロストロポーヴィッチ指揮ナショナル交響楽団
M.ロストロポーヴィッチ指揮ナショナル交響楽団
まったく緩みきった緊張感の欠片も無い演奏です。私としては全く平和ボケした演奏だと
思っています。(ちなみに、このDISCはレコード芸術で特選盤に推薦されていたはず
ですので、興味のある方は聞いてみてください。)
思っています。(ちなみに、このDISCはレコード芸術で特選盤に推薦されていたはず
ですので、興味のある方は聞いてみてください。)
【参考】その他に持っているDISC
PRAGA
E.ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィル〔1967年プラハライブ〕
PRAGA
E.ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィル〔1967年プラハライブ〕
BERLIN Classics
F.コンヴィチュニー指揮ドレスデン・シュターツカペレ
F.コンヴィチュニー指揮ドレスデン・シュターツカペレ
DECCA
B.ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ
B.ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ
EMI
P.ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団
P.ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団
BRILLIANT Classics
R.バルシャイ指揮ケルン放送交響楽団
R.バルシャイ指揮ケルン放送交響楽団