weisswurstのブログ -165ページ目

Welcome to U.S.U

今回のFree Paperはmetro min.(メトロミニッツ)。

で、標題のU.S.Uって何??ってことなんですけど、Unknown Stations of Undergroundの略で、
東京の地下鉄の中で、普段、あまり人が乗降しない駅を取り上げてます。
まぁ、ゴールデンウィークの過ごし方として、目立たない駅をお散歩しませんか??という記事です。

(前略)
出国するまで2時間待ち。高速道路で数時間そのまんま。・・・許せません、そんなのは。やっぱ基本は「待たない、混まない、くじけない」。・・・ということは、予約不要で意外と近場で、世の中の大半が出向きそうもない目的地が必要なので、乗るべき路線を東京メトロに限定し、降りる駅を"1日の乗降客数が5万人以下"の駅に絞り込む、と。
まぁ当たり前のハナシですが、この東京でまっとうな社会生活を送っていれば、目的無きところには、行かない、降りない、興味も無い。友人や親戚や仕事絡みの縁でもなければ、降りない駅って結構あります。が、ちょっと待ってください。このまま放っておいたら、そんな駅に降り立つことは、ヘタをすれば一生ない。出会えたかもしれない「感動」に出会わないまま、ツルッとした人生が日々繰り広げられるだけです。
(後略)

ということで、今回取り上げられているのは、
南北線:赤羽岩淵駅
有楽町線:東池袋駅
半蔵門線:押上駅
千代田線:綾瀬駅
日比谷線:三ノ輪駅
銀座線:稲荷町駅
東西線:木場駅
丸の内線:南阿佐ヶ谷駅

確かに、降りたことない駅がほとんどです。
東池袋は、サンシャイン(=パスポートセンター)の最寄の駅ということもあり、何度か
降りたことあるんですけどね。
でも、それ以外の駅(除く南阿佐ヶ谷駅)は通過した記憶はありますが、降りた記憶はありません。

ワールドカップを控えているので、ゴールデンウィークはお財布に優しい生活を強いられるので、
この中の駅の幾つかをお散歩してみようかな?と思ってます。
興味があるのは、綾瀬、三ノ輪、稲荷町駅。
実際にお散歩に行ったら、画像付きのお散歩レポートをします。

お散歩@正月院&東京大仏

今日は家の近くを散歩してきました。
最初は家の近くをふらっと歩いて、その足で川越に行こうと思って家を出ました。

が、雨男の本領発揮。
家を出たときには雨粒なんて落ちてなかったのに、家を出て3分も経たないうちに
空が泣き始めてしまいました。

ということで、足早に近くの散歩を済ませて、帰宅することに方針転換です。
実は今の家に住んで8年以上経つのに、一番近くにある正月院には行ったことがなかったので、
まずはそこに足を運びました。

門のところには芝桜が咲いていて、意外なものにお出迎えいただきました。
イメージ

ちょうど今頃、秩父に行くと綺麗な芝桜が咲いているはずなんですけど、すっかり忘れてました。
ここは江戸時代の歴代将軍の朱印状正本を秘蔵している由緒正しいお寺であることを知りました。
敷地はそれほど広くないですけど、落ち着いた感じでよいお寺でした。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/5d/90/weissburst/folder/479772/img_479772_33362489_1?1145187581.jpg

ついで、すぐ近くにある乗蓮寺へ。
イメージ

普通、大仏を見に行くと言うと、奈良の東大寺か鎌倉の大仏ですよね??
実は、ここ乗蓮寺には東京大仏なる大仏様が祀られています。
東京大仏って聞いたことありますか?

なんと、この東京大仏、建立が昭和52年です。
う~む、私よりも随分若いじゃないですか?!
「鰯の頭も信心」とは言いますが、自分より若造の仏さんはなかなか・・・ですよねぇ~(笑)。
イメージ

あと、もう一つ、「がまんの鬼」という石像があります。
こちらは、浅井、織田、豊臣、徳川と4つの家に仕えた藤堂高虎の姿を題材にした石像だそうです。
普段からがまんが足りない私としては、こちらの石像にしっかりお願いすべきなんでしょうね。
イメージ

演出家、好き・嫌い

コンヴィチュニー演出のオペラ(2006年4月17日日経新聞より)
新作の多くがオペラ界の「事件」となるドイツの演出家、ペーター・コンヴィチュニーが、
東京二期会の公演「皇帝ティトの慈悲」(モーツァルト作曲)のリハーサル指導のため初来日した。
(後略)

(前略)
ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」では音楽を中断する場面をつくった。モーツァルトの「魔笛」では夜の女王を飲んだくれの現代女性に設定した。急進的なコンヴィチュニー演出は常に物議をかもす。今夏の「ティト」でも主役の皇帝ティトはやたらとトイレに駆け込み、「別の心が欲しい」と歌えば、なんと心臓移植手術が始まる。オペラ・セリア(シリアスなオペラ)とされる作品をオペラ・ブッファ(喜劇)に変えてしまった。
(中略)
「もう一つ、政治的な要素を盛り込むことを重視している」とコンヴィチュニー。
(中略)
このままではオペラが滅びるという危機感が背景にある。「作品と真摯に向き合わなければ、オペラは社会に存在する意味を失い、ただのイベントになってしまう」
(後略)

いつの頃からか、ドイツでは前衛的な演出が増え始め、その意味では彼(コンヴィチュニー)は
間違いなく最先端の人だと思います。
でも、基本的に彼の演出は好きになれないことが多い。なぜか・・・。
端的に言えば、私からすると政治的な意図など音楽以外の余計なものを入れようとした結果、
奇抜な演出をして、音楽をぶち壊していると思われることが多いからではないかと・・・。

個人的にはすでに古典となったと思われるバイエルン国立歌劇場の「ニーベルングの指環」での
レーンホフ演出。あの演出も初めて演じられた時には非常に物議をかもして、時の文化大臣が
更迭されることになったといういわくつきの作品。
彼の演出では「呪いの指環」を核兵器に見立てて、おろかな兵器の争奪戦を繰り返す人類が抗争を
繰り返した結果、本来だと最後に平和が訪れるはずが、取り返しが付かなくなって、
人類は業火に焼かれて滅びてしまうという演出になっていますが、そこに違和感はありませんでしたし、
演出が音楽を邪魔することはありませんでした。

また、ちょっと前だとギュンター・クレーマーあたりも流行っていました。
私は、偶然、ドイツのボンを旅行した時に、彼の演出した「パルジファル」のプレミエに遭遇しました。
ドイツ人の評価は好悪相半ばという感じでしたが、私はパルジファルの心象風景を見事に
描いた演出だと思って感心して見ていました。

こうした演出家に比べ、コンヴィチュニーの演出は、前提や行動や服装や舞台装置が奇抜すぎて
ついていけないというのが答えかも知れません。

実は彼の父親であるフランツ・コンヴィチュニーは私の好きな指揮者の一人なんですけど、
父親の音楽に対する誠実さをもう少し学んで演出をするともっと分かりやすくなるのではないかと
思うんですけど・・・。
少なくとも、政治的なものばかりを前面に押し出していて、私にはオペラに誠実に
向き合っているように感じられない演出家の一人です。