夏休みがとうとう始まりますね。
私は、先日まで、夏休みが来ることがウンザリしてました。
でも、あることに気づいてからは、
楽しみになってきました。
私の意識が、ガラリと180度変わったのです。
私のウンザリの理由、それは末子の小3息子。
その子は、遊ぶ友達がいないと、
「つなんない!」
とすぐに私にその不満をぶつけてきます。
「つまんない・・・、つなんない・・・、つまんない・・・。」
そんな我が子の訴えを聞いているうち、
私は、つまらないと感じる我が子を見ているのが、
だんだんと辛くなります。
”なんとかしてやらなければ”
そう思ってしまうので、
ついつい、提案してみたりします。
「○○くんを誘ってみれば?」
「いなかった」
「じゃあ、○○して遊べば?」
「やだ、つまんない」
「そっか・・・」
・・・・・
「じゃあ、ママと何かして遊ぶ?」(ホントは片づけたい家事があるのに)
「うん!」
「何しようか」
「キャッチボール!」
「じゃあ、いいよ」(しぶしぶ承諾する私)
これを毎回やっていた私は、正直、夏休みに同じようなことが起こるであろうと思うと、
ウンザリで仕方がなかったのです。
息子が私に依存していることに気付けていなかったのです。
それは、”我が子のために”という私の対応が、
息子にそうさせてしまっていたのです。
子どもに不満や嫌なことが起こっても、自分の感情をコントロールできて、
自分で解決方法を考えて、乗り越える力を育て、自立させる。
それが、親である私の役目であることが、
どうしても、末子の息子には、すっかり抜けていました。
可愛い、可愛い、そんな息子への愛情を見直すことができました。
息子への愛情を、もっと、親としてしっかり伝えていかなければ。
私の夏休みの課題です。
大げさですが、育て直し・・・です。
”我が子のために” が、本当に、我が子のためになっているのか、
子どもの自立の妨げになっていないかを、私は今後も振り返る必要がありそうです。
この夏休みは、ゆっくり、じっくりと、子どもの接し方を修正していく時間。
ありがたいです。
私は、先日まで、夏休みが来ることがウンザリしてました。
でも、あることに気づいてからは、
楽しみになってきました。
私の意識が、ガラリと180度変わったのです。
私のウンザリの理由、それは末子の小3息子。
その子は、遊ぶ友達がいないと、
「つなんない!」
とすぐに私にその不満をぶつけてきます。
「つまんない・・・、つなんない・・・、つまんない・・・。」
そんな我が子の訴えを聞いているうち、
私は、つまらないと感じる我が子を見ているのが、
だんだんと辛くなります。
”なんとかしてやらなければ”
そう思ってしまうので、
ついつい、提案してみたりします。
「○○くんを誘ってみれば?」
「いなかった」
「じゃあ、○○して遊べば?」
「やだ、つまんない」
「そっか・・・」
・・・・・
「じゃあ、ママと何かして遊ぶ?」(ホントは片づけたい家事があるのに)
「うん!」
「何しようか」
「キャッチボール!」
「じゃあ、いいよ」(しぶしぶ承諾する私)
これを毎回やっていた私は、正直、夏休みに同じようなことが起こるであろうと思うと、
ウンザリで仕方がなかったのです。
息子が私に依存していることに気付けていなかったのです。
それは、”我が子のために”という私の対応が、
息子にそうさせてしまっていたのです。
子どもに不満や嫌なことが起こっても、自分の感情をコントロールできて、
自分で解決方法を考えて、乗り越える力を育て、自立させる。
それが、親である私の役目であることが、
どうしても、末子の息子には、すっかり抜けていました。
可愛い、可愛い、そんな息子への愛情を見直すことができました。
息子への愛情を、もっと、親としてしっかり伝えていかなければ。
私の夏休みの課題です。
大げさですが、育て直し・・・です。
”我が子のために” が、本当に、我が子のためになっているのか、
子どもの自立の妨げになっていないかを、私は今後も振り返る必要がありそうです。
この夏休みは、ゆっくり、じっくりと、子どもの接し方を修正していく時間。
ありがたいです。

