釣り。 | めろんぱんの皮のブログ

めろんぱんの皮のブログ

ブログの説明を入力します。

コロナに慣れて、冬が来る。インフルも来る。てぃへんだ。

みなさま1日お疲れ様です。

今回はメディア記事について。

アメリカの大統領選が他人事的には面白いわけだが、大統領選系の記事を見ていると面白い現象が起こっているようで。

今の大統領に好意的というか、再選するや有利みたいな記事だとコメント欄が大統領寄りのコメントになり、大統領に好意的でないコメントにはバッドがいっぱい付く、

逆に民主党の大統領候補に好意的な記事にはコメント欄もその民主党の候補に好意的なコメントが増え、現大統領擁護のコメントにはたくさんのバッドが付く。

これって要は自分たちの信じたい情報だけ拾うって感じになっているってことだろうか。

コメンテーターなんかも大体そんな感じになっていて、自分が支持したい候補のプラスばかりを挙げている。

要は客観的にはわからないから、主観的な論理だけでコメントしている感じなのだろうか。

そんな中で1つのコメントが気になった。

いつからそんなにいがみ合う様になったのだろうか。そりゃ、今までもいがみ合うことはあったけど、なんだか生活の狭い所までいがみ合いが入り込んでいるような。
他人を罵倒して、踏み倒した方が勝ちみたいな。

本当にその通りと感じた。自分は正しい。だから、相手は全て正しくない。正しくない相手には何をしても良いみたいな。大声出した方が勝ちみたいな。

自分が正しいと思っていても大声を出さない人がいたり、
自分の正しさだけに目がいく人ではなく、自分の大切にしたい部分は守りながらも、相手の意見がなぜそう考えるのか?と歩み寄る人もいる。

0か100というやり方だと、必ず反動が来る。

改革や革命という言葉には劇的さ、カッコよさみたいなものが含まれるが、劇的故に、その反動で苦しむ人も多くなる。すると、革命の倍返しがまた起こる。

安定させることは見ばえはしないが、そこにもカッコよさはある気がする。

僕は次の日には飽きる美味しい激辛食品より、劇的にうまいというわけではないが、安定して美味しい、ふとした時に食べたくなる味噌汁と白米みたいな感じが好きである。