改革という言葉は日本では割とポジティブな言葉と捉えられているかなと思う。これは物事の動きが鈍くなりがちな国だからかなぁ、と思う。お尻が重くなかなか変わらない日常があるから、やっと変わってくれるとポジティブに捉えられているかなと思う。
しかし、急に変わるということは弊害も起こりうる。今までなら起こらなかった嫌なこともついてくる。今までなら得していた部分で損をすることがありうる。
クレバーという言葉はずる賢いという訳され方をされる。この言葉にはどこか汚いニュアンス、ネガティブなニュアンスを含む。まぁ、そんなニュアンスも含めてクールだとも見れなくもないが、やはり、まっすぐポジティブなニュアンスではない。
賢いだけなら、ワイズやスマートという言葉が当てはまる。
今でこそそこまでマイナスなニュアンスでもなくなってきたが、ズルいという言葉を含むあたりニュアンス的にプラスではない。
しかし、これも捉え方である。まっすぐであることが割と美徳な国であればネガティブだが、そうではない国ではわりに礼賛されるのでは、と思う。
言葉には常にニュアンスがつきまとい、それは前後の文脈でも変わってくる。簡単な話読解力だが、案外言葉尻で怒ったり、傷ついたりはよくあることである。僕もその一人である。
自分で言葉を使う時には十分に責任感を、また、言葉を受けとる時には十分に相手の使った言葉のニュアンスをくみ取る気持ちを持ちたいなぁと思う。
言葉は鋭いナイフにも、温かい温泉みたくぬくぬく気持ち良いものにもなりえるのだから。