東京名所 No.0058
【田沼意次 墓所】
田沼意次(おきつぐ)は9代将軍・家重の時代に幕臣となって出世を重ね、10代将軍・家治の時代には老中となりました。
老中就任後は、株仲間を推奨して商業を活性化させ、鉱山の開発や手賀沼・印旛沼の干拓などの大規模事業にも着手。
これらの大胆な財政改革を実施し、意次が幕政を掌握していた時期は「田沼時代」と呼ばれました。
しかし、同時期に発生した天明の大飢饉や浅間山の大噴火の影響で幕府の財政は悪化し、また意次自身が賄賂好きであったことから評判が悪くなり、家治の死に伴って失脚しました。
なお、賄賂好きという悪評は政敵によって捏造されたとの説もあり、意次の人物像については再評価の流れもあります。
【所在地:豊島区(勝林寺)】
