鹿児島城跡


鹿児島県鹿児島市


令和6年(2024年)2月14日㈬ 撮影


画像は2020年に復元された御楼門
鹿児島城(かごしまじょう)は、鹿児島県鹿児島市城山町(薩摩国鹿児島郡城山麓)にあった江戸時代の日本の城。別名鶴丸城(つるまるじょう)。鹿児島では一般的に古くから別名の鶴丸城で呼ばれている。別名の由来は、屋形の形状が鶴が羽を広げたようであったことによる。 1601年(慶長6年)に島津忠恒(家久)により築城され、以後廃藩置県まで島津氏の居城であった。城跡は国の史跡に指定されている。



大手門にあたる御楼門は2020年に復元。











御楼門を潜ります。

御楼門は二重二層、内部は非公開でした。

御楼門周辺の石垣には西南戦争(1878年)の痕跡



内側から見た御楼門

鹿児島城跡に建つ

鹿児島県歴史資料センター黎明館

1983年(昭和58年)開館

開館時間 午前9時から午後6時 (入館は午後5時30分まで) 

■休館日 月曜日(祝日の場合は翌平日) 毎月25日(土・日・祝日の場合は開館) 12月31日~1月2日 そのほか,館が定める日

黎明館常設展示入館料 個人420円

時間の都合上、

鹿児島県歴史資料センター黎明館には入館せず

鹿児島城内跡に建つ

天璋院(篤姫)像

天璋院 / 篤姫(1836 −1883)

江戸時代後期から明治の女性で、薩摩藩島津家の一門今和泉島津家に生まれ、島津本家の養女となり、更に五摂家筆頭近衛家の養女として徳川家に嫁ぎ、江戸幕府第13代将軍・徳川家定御台所となった人物。2008年、NHK大河ドラマにて「篤姫」が放送、。

天璋院(篤姫)像は大河ドラマ放送の2年後、2010年に建立




七校生久遠の像

旧制第七高等学校 造士館(きゅうせいだいしちこうとうがっこう ぞうしかん)は、鹿児島県鹿児島市山下町にあった官立旧制高等学校。 1901年(明治34年)4月に設立された。略称は「七高」(しちこう)。 。 1950年(昭和25年)3月31日 。七高のあった鹿児島城跡には「七高久遠の像」が建つ。


御隅櫓跡、左に見える石碑は行幸記念碑




行幸記念碑は明治5年(1872)年、明治天皇が鹿児島に行幸したことを記念して、1912年に建てられた



庭園跡

鹿児島城二ノ丸跡に建つ西郷隆盛像

西郷隆盛の銅像は、1937年(昭和12年)に建立。







西郷隆盛像の横に建つビル1F には


鹿児島まち歩き観光ステーション

営業時間 9:00~17:30  入場無料
鹿児島城の日本100名城スタンプラリースタンプは
鹿児島県歴史資料センター黎明館及び鹿児島まち歩き観光ステーションに設置。

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鹿児島まち歩き観光ステーションにて販売されている鹿児島城の御城印を購入