Pokemon QuestⅠ:夢の中の魔道士~The beautiful World~
ファルコは、嘗て無いほどまでの怒りを体中にみなぎらせていた。
彼はまだ小さなムックルだった頃から、誰にも負けたことがなかった。ムクバードになる頃には既に、群れのリーダーとして君臨し、他の群れとの縄張り争いでは常に頂点の座についていた。
森で一番大きなオボンの木の所有権も、自身の力のみで勝ち取ったものだ。そのとき、同じ群れの中には木の実を分けて欲しいとせがむ仲間もいたが、自分の力だけで得たものを他に与える筋合いは無い。だから、そんな不満を持つ輩も、一羽一羽力でねじ伏せていったのだった。
そして今、彼に楯突こうとする者は、もはや群れの内だけではなく、この森全体を見渡したとしても、誰もいない。そう、彼はこの森の王となったのだ。
・・・その筈だったのに。
先程、彼はあんな小さなヤミカラスごときに、傷つけられてしまった。身体的には、いくら急所突きされたとはいえ、大したことはない。しかし彼の自尊心は、何か鋭利な刃物でズタズタに引き裂かれたようであった。
この、生まれて初めての屈辱・・・。決して、許すものか!
ギョォォォォォォォォォォォォォォォォォ・・・・!!!
ファルコの咆哮は、森全体を揺るがすほど大きく響き渡った。スピアーやバタフリーたちは森の奥へと一斉に避難を始め、ガルーラは子供をお腹のポケットの中に入れて庇いながら穴蔵へと逃げ込み、昨日からまだキノコやら木の実やらの採取を続けていた魔道士バクタとその使い魔アーシアも、悲鳴を上げながら急いで森の外へ抜け出そうとしていた。
しかしそんなファルコに、ヤミカラスは決して怖気づくことは無かった。ルビーのように赤く輝くその目に、恐れなどなかった。あるのはただ、まっすぐ敵を射抜こうとする、強い闘志だけだ。
バッシュッ!
ヤミカラスは、ムクホークの広げたその右の翼を、嘴で強く打った。怒りのせいで隙ができていたファルコは、その攻撃をまともに食らい、体ごと大きく回転する。が、それは同時に反撃の姿勢でもあった。後ろへ突き抜けていくヤミカラスの背後を捕らえ、左の翼で勢いよく、その小さな背中を打ちつけたのだった。
ドガッ!
酷く鈍い音が響き渡る。ヤミカラスの小さな体は、まるでバットで打たれたボールのように上空に飛び上がった。それを更に追かけるファルコ。まだ反撃は終わってはいなかった。空に放り出されたヤミカラスに、ジェット機のような速度で追いつくと、そのまま減速することなくぶつかっていったのである。
ズガッ!
内臓にまで響き渡るような、嫌な音の反響が続く。下界のワンリキーやエテボースたちはもはや見てはいられず、目を覆っていた。
ただ、テンだけは違った。トモダチが、戦っている・・・。その勝負の行く末を、彼はしっかりと見守らねばならなかった。自分には、何もできない。自分を助けてくれた相手に対して、何も恩返しはしてあげられない・・・。だからこそ、せめて見守ってあげなくちゃと・・・。
と、その思いが届いたのだろうか、ヤミカラスは今、反撃の態勢に移っていた。先程のとっしんを食らったかのように見えて実は、翼で身を覆う、“まもる”姿勢で受け止めていたのだった。
ファルコのあまりの勢いに押されて、多少守りきれない部分もあったが、まだ勝機はあった。ヤミカラスは閉じていた翼をぱっと開くと、それを鋼のように固くして、思いっきりファルコを打ち付けた。
ファルコがギャッと悲鳴を上げる。先程太っちょのエテボースに貰ったチイラの実の効果がようやく出てきたのか、大分効いているようだ。ヤミカラスは再び翼を固くして、大きく振り上げた。
しかし次の瞬間、ファルコは隙ができたヤミカラスの体に向かって思い切り、鋭い嘴による一撃を叩き込んだ。ヤミカラスはこの攻撃に、があっ、と呻くと、固くしていた翼も急にだらりと垂らし、そのまま羽ばたく力も失って、逆さまに下界へ落ちていこうとした。
が、それでオシマイにするファルコではない。逆さになったヤミカラスの片足を嘴でガッと銜えると、丁度足のあたりまできたヤミカラスの頭を蹴り上げた。
それも、何度も何度も。蹴られる度にグッ、グッ・・・とヤミカラスの呻き声が鳴る。だが、それも次第に弱くなっていき、やがて何も言わなくなったところで、ファルコはようやく蹴るのを止めた。そして、ヤミカラスを銜えたまま下界へと降りていく。
下界にいたワンリキーたちは、暴君が降り立ってきたことで一斉に逃げ出した。
「おっ・・・俺たちも逃げるぞ!」
「テン、いきますよ!」
エテボースたちもそう言って、弟のテンの尻尾を自分らの尻尾で掴み、逃げようとした。しかし、テンは付いていこうとはしなかった。ファルコを目の前にしながら、まだヤミカラスのことを見ていた。まだ終わっていないと、彼は信じていた。
が、その期待も空しかったか、ファルコが嘴で銜えていた足を離すと、ヤミカラスの体は棒切れのように地面に倒れた。
結局逃げ遅れたエテボースの兄弟を、ファルコの目が捕らえる。・・・さぁ、次はお前たちだ。血のように赤いその目が、そう物語っていた。
そして、彼らに向かって足を踏み出そうとした、その時だった。
ファルコは、自分の片足にヤミカラスが食らい付いているのに気付いた。一体、いつ食らい付いたのか。それさえもわからないほど、その食らい付き方は弱々しいものだった。だがそこには、ファルコを動かせまい、エテボースたちのところへ行かせまいとする、強い意志が見て取れた。
「キサマ・・・なぜだ」
ヤミカラスを睨み、暴君が口を開く。
「なぜ、こんなになってまでこいつらを庇う!?」
その叫びに、ヤミカラスは答えなかった。だが、その頭の中には今、はっきりとした答えが浮かんでいた。そうだ、今思い出す、あの風景・・・世界は、くだらないものだと思っていた。美しいものなんて、何も無いと思っていた。森を出ると、そこは崖になっていて、崖の下には何も無かった。ただ、真っ白い世界が広がっていた。
けれど、彼は言った。あのフーディンは言ったんだ。自分が知らないだけで、本当は、そこにも世界が広がっているんだと。それが、見える気がしたのだ。世界にはまだ、美しいものがあるんだと。その美しいものを、手に入れたい、守りたいと。
それが、テンだったのだ。それだけじゃない。エテボースたちも、それからワンリキーたちも・・・いや、まだもっといるかもしれない。この森の、全てを。守りたいと思ったのだ。なぜなら、彼らこそが、あの崖の向こう側で・・・自分の涙が零れて消えた、あの世界で、温かく笑いかけてくれる者たちだと知ったから。
それがトモダチだと、知ったから。
ヤミカラスは、ファルコの足を銜える嘴に、ありったけの力を込めた。ギャッと言って、暴君は倒れる。そしてヤミカラスは、ムックリと起き上がった。
その足取りは、おぼつかなかった。もう、瀕死に近いダメージを受けている筈だったのだ。起き上がれただけでも奇跡であろう。一体、どこにそんな力が残っていたのか。
「・・・キサマ!まだ戦えるとでも思っているのか!?」
ファルコは仰向けに寝返って、反撃しようと翼を広げた。
が、それとヤミカラスが頭を振り下ろしたのは、ほぼ同時だった。
ガシュッ・・・。
鈍い音が響いた。その音の後で、草をなでるような優しい風が、森の中を駆け抜けていった。
ヤミカラスの嘴は、暴君の額をしっかりと捉えていた。
「がはっ」
そう呻いて、ファルコは気を失った。
そして。
ヤミカラスも、バタンと大きな音を立てて、その場に崩れ落ちたのだった。
