第3者に理解してもらえない…それは、報告書や書類の意味をなさない。それは、なぜなのか?
それは、報告や書類が何かを理解しているかどうかです。
例えば、報告…
自分の先輩や上司、会社の上層部などに自分の仕事の全体、進捗状況、問題や課題、解決法やリスクマネージメントなどを明瞭簡潔に説明する。場合によっては、自身の考えを伝える(判断根拠を示す必要あり)
ことです。勿論、相手から求められる前に…勿論、書類でという場合もあります。
となった時、その報告書を見て、相手が理解できない、分からないとなれば…報告出来ていないのと同じです。
書類…
例えば、あなたが会議に出ました。配られた書類が見にくくて、何を伝えたいのか分からないとします。
あたは、自分が見て理解できない書類をわざわざ作成して、他人に配ろうと思いますか?
しませんよね。
この書類は見にくいわ…理解しにくいわ…となってる書類を自分自ら作る…意味がないですし…
私が1番ビックリした過去の経験は、
パワーポイントを使って会議をする祭、パワーポイントに書いてある内容をわざわざ資料として作成し配る
時間、紙、紙とインクの代金、労働時間
の無駄
でしかない。普通にA4用紙1枚にまとめるか、資料はなし!にすれば済むんですけどね…
資料にもパワーポイントにも話も全て同じ…なんのために、話すのか…なんのための資料か…なんのためのパワーポイントか…
そして、そこに来ている人は
自分の業務をする時間を削っている
そこ意識してますか?と…
報告書や書類に目をとおすのも同じです。
報告書や書類に目をとおすのは、その人の他の作業時間を削っている
のです。
その背景を理解して報告書、書類を作成してますか?
報告書や書類を「作ること」に全てを費やしていては、周囲が何も見えていませんよ…