Twitterが流行っている。ご多分にもれず、私も楽しんでいる。
ただつぶやいて、何が面白いの?
と、最初は意味がわからなかった。
だけど、1週間ほどやってみてわかったのは、
Twitterをやっていると、ブログやSNSのときよりもはるかに
情報発信と情報受信の意識を高くせざるを得ないこと。
特にSNSのような内輪の会話は、なぜかTwitterには似合わない。
Twitterは「フォロー」という形で、ワンクリックでいろんな人のつぶやきをキャッチできる。
つまりその人を「購読」できる。
購読した人のつぶやきは、どんどんマイホーム画面に現れるのだが、
それを見ていると、自分にとって必要な情報だけをそこに置きたくなってしまう。
フォローは簡単にオンオフできる。
たとえば、いくら有名人であっても、知り合いであっても、
今どこにいる、だけの人とか。内輪の会話ばかりの人、趣味趣向が合わない人については
面白くないので、フォローをはずしてしまう。
たとえば堀江貴文氏は有名人だし論客なので最初フォローしていたが、
どうもつまらないのではずしてしまった。
ただ、知人のフォローをはずすのは、ちょっと勇気が要る。
でも私の場合、そこに「義理」は入れないことにしている。
この人はフォローしてくれるから・・・とか、
●●の仲間だから・・・
といってフォローを続けると、
自分の画面には、
興味のない情報に埋め尽くされ、
自分にとっていい情報、心地いい情報が見えなくなってしまうからだ。
でも、もちろんはずしたからといって、その人のことを無視しているわけでなく、嫌いになったわけでもない。ただ、「情報が合わない」だけのこと。
同様に、私もよくフォローをはずされているが、
それは全く気にしないことにしている。
人間は摂取物、つまりどんな食べ物や水を摂るかによって身体が決まる。
同様に、玉石混淆の情報の海(=インターネット)から、どんな情報を取り入れていくかで自分の頭の中が決まるのである。
Twitterは、自分はどんな情報を摂るべきか、
そして自分自身はどんな情報を発信していくかを、毎日直面させてくれる。