秋葉原 外国人墓地 関東大震災 | 井上商事(株) 不動産・飲食・経済なんでもブログ

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日本橋茅場町で92年。自社の不動産・飲食事業のニュースとあらゆる情報を発信するブログです。

二週間前の日曜日、横浜へ用があり出かけた折、



山手の外国人墓地の一部がたまたま公開されていましたので、



見学させていただきました。





江戸幕末から今日に至るまで、縁あって日本に滞在、



多くはこの地でなくなった方が眠る場所。



生麦事件で亡くなった二人の英国人の墓碑もありますが、



其処は入れないところで残念。





関東大震災で、校舎が崩れたため建物の下敷きとなり、



身動きが取れないまま、他の人達に



まかれないように私をおいて早く逃げろと言い、



炎の中でなくなったという



フェリス女子大学の校長の墓は、



本当に小さなお墓でした。



当然墓誌に刻まれたお亡くなりになられた日付は、



1923年9月1日です。





功なり名を遂げた方の立派な墓も多く、



遺族の思いのこもった墓碑銘の刻まれた大きな墓も多い中で



(私は、立派なお墓も素晴らしいと思います)



本当に小さな質素なお墓でした。



お墓の周りを歩いて墓碑銘を見ていると、生きていることに



謙虚な気持ちになります。





その後、近代文学館の渋沢龍彦展へ。



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秋葉原は、前にこのブログで、御茶ノ水から九段下へ、



で書いた様に、中学生から高校のころは頻繁に、



帰り道、御茶ノ水駅で降りて歩いて行った町です。





主な目的はオーディオ電気製品、細かい機械部品の購入、



そして輸入レコードを買うためでした。





もっと本格的な人たちは、自分でラジオや、アンプスピーカーを



組み立てるために、ラジオ会館や秋葉原中の店をめぐっていましたから、



機械好き、音楽好きの集まる知的な町だったと思います。







もう10年以上前でしょうか。



だんだんと狭くなる、石丸電気の輸入レコード売り場



ではありましたが、高音質と呼ばれるレコードや



クラシックをはじめLPレコードも



まだ在庫されており、石丸電気本館と、馴染みオーディィオ屋



などにはでかけていました。が、その頃には、



そのクラシックやロック、ジャズのハイエンドレコード売り場の隣に



タレント○○○サンの水着サイン会整理券は、何日何時から



なんていうポスターが貼られてあって、



なんか雰囲気変わっちゃったな、



でも経営が厳しいなら仕方が無いかと思ってました。





そんな頃に、レコードを買うため階段を上っていた私が



ちょっとめまいがして立ち止まったら、後ろからドンと押され、



早く行けとなじられました。





当然私も言い返しましたが、相手は無言で、



自分行きたい売り場の方向へ行ってしまいました。



階段が混んでいたわけでもなく、その人お目当ての



○○サイン会なんかも無いようだったのにね。。。。







そのころまでは、ある分野に詳しい知識や実績を持つ



人のことは、『通』と称していたのに



それが、全てオタクという言葉に一元化されてしまったのも



このころかなのかなあ。





テレビゲームや仮想空間ならば



自分の思い通りにリセット、やり直し、消去が出来るの



かもしれないけれど、



自分の前を歩いている人が邪魔だからと



突き飛ばして目に入らないようにしたところで、



自分の視界が開けるのは一瞬、また



他のジャマモノが現れる。。。



仕事でも日々競争相手や敵が出てくる。。。





ゲームみたいに誰が敵で味方なのかは分からないし、



リセットボタンも無いのが現実、だからいつも苦労するし、



いやでもそれを乗り越えないと心の底からの快感はこない、はず、



なのが、どんなにエライと思われている人でも、



それが当たり前の日常なのに、



あまりにも閉塞感が強かったこの国のシステムの反動か



朝から晩まで一年中面白可笑しいいことが中心



であるかのような世の中にしてしまったツケを



これからもこういう形で



払い続けなければならないとしたら大変なことです。。。。



優しい人も多いと思いますが。