WEBMAX本社が6年ぶりに引っ越しをしました。

1996年 初代 七条大宮東入ル 1坪
1999年 二代目 千本三条西入ル 3坪
2000年 三代目 烏丸御池西入ル 10坪
2001年 四代目 東洞院三条下ル 17坪
2003年 五代目 三条烏丸東入ル 50坪
2009年 六代目 間之町御池下ル 40坪

なんと六代目でした(^^;

五代目WEBMAXの景色を切り取っておきました。

内装は壊す前は写真撮ってないのですが(^^;
それにしても引っ越し決定から10日間でよくひっこせましたな~
みなさんお疲れ様でした~m()m

今度は2階なのであまり景色は見えません。
向かいの町家2軒が見えるだけです。

場所は初音チクのど真ん中、御所八幡宮社の一筋違いです。
うちの自宅より100mしか離れていません。(^^;
平安時代は在原業平さんが住んでいました。
平安末期は隣に以仁王さんが住んでたり、
後白河法皇さんも住んでたりしました。
室町時代は足利尊氏さんと足利直義さんが住んでいました。
戦国時代は三条さんが隣にいました。武田信玄の奥さんや、
本願寺顕如の奥さんとかが住んでいたと思われます。

新住所
京都市中京区間之町通り御池下ル綿屋町528烏丸エルビル2F
電話・FAXなどは変わらずです。

50坪から40坪という感じで、前より若干狭くなりましたので
社長室がなくなりました。
半分は一夢庵のスペースになりました。

WEBMAXも成長よりも持続性に重点を置いた経営に変えていこうと
思っています。

開店記念の宴を来週くらいにやります。
案内状を作らなければ!!

京都一夢庵風流武ログ-WEBMAX入口解体風景
京都一夢庵風流武ログ-ウェブマックス社長室五代目
京都一夢庵風流武ログ-WEBMAXからみた三条通

京都一夢庵風流武ログ-ウェブマックス五代目堀江ビル
京都一夢庵風流武ログ-WEBMAX社長室から見た景色
今週末は龍谷大学ビジネスプランコンテスト「プレゼン龍」があります。

毎年審査員をさせていただいており、今年も審査員としてエントリーさせていただきました。

今年はどんな企画が出てくるのか楽しみです!

http://www.presendragon.com/

ちなみにブログもアメブロにありますよ!

http://ameblo.jp/presendragons/


ところで今日は龍谷大学の佐藤ゼミの学生の皆さんが新店舗の設営をしてくれました。

これもプレゼン龍のご縁でしょうか。

今年の6月には佐藤研司先生のゼミで2回ほど特別講義をさせていただきました。

http://www.asahi.com/ad/clients/ryukoku/200907/200907c1.html

その時の模様をまとめていただいた記事が、

朝日コムに掲載されている「龍谷人は語る」のコーナーです。

来年4月まで、新商品企画をやってもらうので、今日はアイデア出しを兼ねて、

やってもらいましたよ!おおきにでした!!

一夢庵 初音亭として来週くらいにオープンします。

$京都一夢庵風流武ログ-一夢庵初音亭
京都一夢庵風流武ログ-091123_154042.jpg

京都一夢庵風流武ログ-091123_154637.jpg

京都一夢庵風流武ログ-091123_154743.jpg

昨日は高速道路上に二時間閉じ込められ京都に着いたら1時過ぎました(:_;)

閉じ込められたサービスエリアで350円のおにぎり買ったんですが、お釣りを取り忘れて千円のおにぎりになってしまいました(*_*)
さて、とは言っても高知は楽しかったですo(^-^)oでしょ

皆さんと別れた後桂浜で龍馬に大接近してきました。(^_^;)今回は銅像色の緑の着物だったんで

龍馬さんの見ている海の景色も体験できました。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kyoto/news/20091115-OYT8T00087.htm

光秀シンポ熱く
府内外郷土史家ら 「知将で愛妻家」「教養人」 福知山・天寧寺
「それぞれの光秀」をテーマに意見を発表する郷土史家ら(福知山市大呂の天寧寺で)

 戦国武将・明智光秀をテーマに、地域の歴史や活性化を考えるシンポジウム「本能寺前夜」が14日、福知山市大呂の天寧寺で開かれた。福知山、亀岡など、ゆかりがある府内外4市の郷土史家らが、様々な光秀像や各地の活動を紹介。歴史ファンら約70人が聴き入り、近年、実像が見直されている武将に思いをはせた。

 地元の丹波福知山明智光秀公研究会が、光秀らの文書が残る同寺で初めて開催。「それぞれの明智光秀公」をテーマに福知山、亀岡両市をはじめ、光秀が坂本城を築いた大津市、諸説ある出生地の一つ・岐阜県瑞浪(みずなみ)市の郷土史家ら5人が意見を発表した。

 本能寺の変(1582年)で主君・織田信長を討った後、羽柴秀吉に敗れ、「逆臣」のイメージがある光秀だが、同会の山口正世司会長(77)は優れた軍略家、統治者、教養人であったと説明。光秀が築いた福知山城や御霊神社などを巡るツアーの企画や講演会などの活動を紹介した。

 亀岡市の前田逸郎・明智光秀公顕彰会長(70)は、亀山城を居城とした光秀を「亀岡のまちづくりの開拓者」と述べ、光秀祭りや信長ゆかりの滋賀県安土町との交流などを紹介。「『時は今』の思いで、知将であり、愛妻家で人間味あふれる光秀を亀岡のブランドとして、まちづくりにつなげたい」と語った。

 司会を務めた中京区の渡辺康一・デジタルハリウッド大学院客員教授(40)は「ゲームで光秀らが格好よく表現されるなど、悪者扱いだった歴史上の人物が注目を集め、若い女性を中心に歴史を見直す動きが広がっている」と指摘。「眠っている歴史資源を生かすことが、地域活性化につながる」と力を込めた。

 福知山市の主婦高橋和子さん(70)は「市と市民が、城やゆかりの地を生かしたまちづくりをもっと考えなければ、と改めて思った」と話していた。
(2009年11月15日 読売新聞)
最近ITやWEBのネタが少なかったので、このようなネタも書かせてもらいます。

デジハリの直近の講義でコーポレートサイトについて講義しました。

ここ数年でウェブサイトを見るユーザーの動きはかなり様変わりしたのですが、
作り方はまだ変わっていないような気がします。そこでこれからのコーポレート
はどうやって作るべきかのお話を書かせていただきます。

まず「ユーザー体験シナリオ」からウェブサイトを作ると言うことです。
WEBサイトは作ったら、誰かが見に来てくれるわけです。その見に来てくれる
ユーザーが、WEBサイトの中でどのような体験をしていくのかを考えながら
サイトを設計することが必要になってくるわけです。

よくコーポレートサイトを見ると、紙の会社案内をそのままWEBにしたものが多く
見られます。
たとえばTOPページ、代表挨拶、事業内容、サービス、会社概要、お問い合わせ
という構成のものです。TOPページを最初に見る前提ですね。これは
会社名を知っている人が辿り着いた上で見ていく順序のような気がします。
それよりロボット検索から何らかのサービスから入ってきて、それに興味を持った
から会社案内なども見ていく方が多いのではないでしょうか?

WEB制作、格安、京都などのキーワードで入ってくるユーザーがいたとします。
京都で安くWEBを作りたいユーザーなので、京都で新しく会社をはじめる人か、
お店を始める人か、これまであったWEBサイトをリニューアルする人でしょうか?
そうすると3人のユーザーが想定できます。そのユーザーのペルソナ設定をして
どんな人なのかを仮に考えてみるのがいいのではないでしょうか?

もちろんキーワードを設定しても、検索エンジンから入ってくるようにしなければ
なりません。なのでSEOから考えなければなりません。SEOは何かの施策を行えば
すべて上位に表示されると思っている人が多いのですが、そんなことはありません。
よく言われているように、内部施策と外部施策の両方が必要です。外部施策はWEB
サイトを作ってからいかに多くのユーザーをサイトに誘導するかの施策でもあるの
でサイトを作る中でも最初はあまり関係がありません。

内部施策はサイト作りの最初に考えておかなければならないことで、あとからそれ
を行うのであれば、文章やサイトの構成をもう一度作り直すことになってしまいま
す。なので、設計段階で明確に意識しなければならない事柄なのです。内部施策は
いかにターゲットが使いそうなキーワードをページの中に埋め込むかになります。

とりあえずWEBを作るのではなく、どんなターゲットにどのように訴求したいのか
をはっきり決めてからWEBサイトは構築するべきなのです。