今回の思風塾にて、愛をテーマになるのですが
早速、それが試されるというか、、
素敵な参加者さんがいらっしゃって
女性の方で、FBを見て来ました。初めての方で知り合いつながりではなく
ふと、FBを見たきっかけで参加されるという
愛をテーマに学ぶだけではなくて、実践するという視点で
一般的に、経営者層で尚且つ男まさりの多い哲学の勉強の場に
1人女性が新規でも来れる懐の深さが大切ではないかと。
思うところで
学びの場の雰囲気創りも大切だなぁと改めて思います。
かつて、自分が子育て塾や胎内記憶に関わる中で、あの男1人足を踏み入れる微妙な勇気を思い出し
中身、内容も大切ながら
男性でも参加しやすい場作りという入口の部分をいかに参加しやすく、男性、独身でも参加したいと思わせる雰囲気にするかも
これから大切なんだなぁと。。そろそろ男子会を。。と思うところで
思風塾も振り返ると当時、中学生のまなちゃんが周り100人ほぼ男性、大人だらけのところで思風先生に、「恋」について質問してくれました。
更にその前の大阪の全国大会では、沖縄のかき氷屋さんの女性二人が感性の素晴らしさについて講演して頂いたりで
学びの前の場創りにおいても、どうも居心地がよくなるとチームというか、仲間内の集まりにはなるのですが
入りづらくしてはいけないなと。従来の価値観を持たずに年齢、職業、性別抜きで捉える必要があるなと。
思風先生から
愛については多くの人が求める愛から脱却できず、与える愛に気づいて進化していない事が人間関係の崩壊の原因になっている事を教えて頂きました。
離婚、幼児虐待、誹謗中傷等、ネットを使って悪意のある他人に対する非難等
↓
これらは、完全性を求めるが故に失敗を許せない。相手を否定・非難・責めるという理性的な理屈な形で人を責めてしまう。=愛の欠如
・身勝手な愛
愛を持って対応していても、相手からすると伝わっていない。自分勝手な愛。愛しているつもりの愛も多い。
・未熟な愛
愛というものはあるが、未熟である。愛の未熟さ。人間の愛というのは、子どもの頃の求める愛から、大人になるにつれて、与える愛へと成長していく。愛の成長のプロセスがある。
これらの与えられることを前提に捉えてしまうと、多くの人が求める愛から脱却できず、愛されても物足りなく、愛の不足で相手を責めるということをしてしまう。与えてもらうことを期待しすぎて、自分の心が満たされていない。
思風先生は愛を能力と捉え、努力する愛として捉えられており
与える愛に喜びを感じることになると、成長したということ。人のために尽くすことが喜びになり与える愛、尽くす愛へと人間性が成長すれば、愛も成長する。
その愛の努力や成長を実現する為に大切な事として
愛の本質は
人間の短所を許し、認め、補い、相手の長所と関わって生きる。
それを言い換えると「不完全を生きる」
どんな立派に見える人でも長く付き合えば嫌な面も見えて来る。ただ、それが人間でありそれでいい。
そういう人間観を持たないと愛する事が出来ない。
短所が出て来るものであり、それを指摘、否定するのではなく許し、認め、補うという自分の方の心がけが大切
だから、愛は努力であり、愛を能力として捉える。
その後長所が伸びてくると、短所は人間味に変わってくる
講演の最後に、東京思風塾 世話人の松前先生から
この時代を選んで、日本を選んで、思風先生と出会う事を選んで産まれてきた。
出会ったからには、聞いただけではなく、年々愛を深めていく義務があるのではないか。
選んできたなら選んできたなりに活動していこうとメッセージを頂きました。
