Made in Japan という表示を目にすることが少なくなった。
日系企業の製品の占める割合にさほど変化はないものの、
「国産」というものは探さなければ見つからないくらい減ってしまっている。
ただ、製造業だけが Made in Japan というわけでもなく、
たとえば、「Made in Japan」のスピリットも減ってきている気がしてならない。
たとえば、お気に入りのラーメン屋さんでは、ラーメンを運んでくるおばちゃんが、
引っかけていた指が触っているラーメン鉢の縁を拭き取ってくれたり、
お好み屋さんのおばちゃんはきれいな糸状に出るようにマヨの袋をカットしてくれる。
うどん屋のおばちゃんはというと、セットメニューの方が得だからと教え諭してくれる。
どれも商品のクオリティに関わるものではないものの、その行為は無償のサービスであって、
営業利益を即座に生むようなことはない。
ただ、それを「付加価値」としてとらえることのできる客であれば、
それら、おばちゃんの働きは、店の品位を星一つ増やすことになる。
「付加価値」という言い方よりむしろ、客にとってその店は「信頼」と「品位」があると感じるはずだ。
作り笑いが0円というコマーシャルに馴染んだ人々にとって、それを理解できるのかどうかだが、
日本の持つ「おもてなしの心」とは本来そういうものである。
製造業もいろんな縛りがあって、合理化が進み、そういったものが失われつつある。
心に余裕があり、その製品を手にした人が使う様子が頭に浮かぶのであれば、
もう一度確認するだろうし、「あと一手間」という目に見えないグレードアップも可能になる。
もちろん、手にしたみんながそれに気づくどころか、ほとんどの場合見過ごしてしますだろうが…。
クレーマーと呼ばれる人種は、相手の粗を探そうとする。
反面、日本人の美学は「相手の心遣い」を感じ取ろうとする。
そう、「おもてなし」の心であり、職人の「プライド」でもある。
粗暴で馴れ馴れしくも厚かましい「おばちゃん」の店に足繁く通うのも、
そんなさりげない「おもてなし」があるからだ。
「ラーメンは半麺(麺が半分)?」と訊いてくれるラーメン屋「M」のおばちゃん。
「マヨさわったらこぼれるよ」と注意をうながすお好み焼「B」のおばちゃん。
「セットにして正解やろ?」と勝ち誇るうどん屋「D」のおばちゃん。
あなたがたには絶対、「Made in Japan」の称号を与えられるべきです。