一度生を享け 滅せぬもののあるべきか | webtaka's hobby

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趣味の事を書いていこうと思ってます。あと、感じた事とか・・・

昭和のモノ・コトが好きなので(っていうか、新しいのが分からないだけかも(笑))、お話しましょう!あ、もっと以前の歴史も好きです!

理系人間の拙い文章ですが、大目に見てください(笑)

よく人々は”死後の世界”や”霊魂”の話をしますよね。信じるとか、信じないとか。

しかし、よく聞いていると、その(輪廻などの)世界観は宗教によってマチマチな事に気づきます。それどころか、仏教の創始者・釈迦(僕は釈迦は宗教家ではなく”史上屈指の人生アドバイザー”だと思っています)の考えには”死後の世界”などありません。

宗教・思想によって違うという事は、死者のためというより、今生きている人たちの精神の拠り所のために”あの世”は存在しているような気がします。生きている人間の”願望”だけでできているのではないかと。万人に共通の”死後の世界”ってないのですから。

日本の医学では、脳死を以て「死」と位置づけています。つまり、たとえ眠っているような状態であっても、脳細胞が破壊(または活動が停止)すれば死とみなされているのです。つまり、”生命”とは魂とかではなく、脳であると定義しているわけです。脳が細胞という”物質”でできている以上、そこに魂などの非物質が入る余地はありません。魂が存在しない以上、あの世の存在も無意味です。

僕は、宗教を否定したりはしません(人に危害を加えたり、考えを強制したり(これ重要ね(笑))しない限りは)。人は弱いもの。何らかの心の拠り所って必要ですもんね。特に、日本は宗教が自由な国。日本人に生まれて良かった、と思う瞬間です(笑)。