退屈日記「東京の居酒屋のおやじが苦しい現状を嘆いた、その問題」
Posted on 2020/04/04
辻 仁成 作家 パリ
某月某日、東京都の感染者数が上がっているので、仲間たちを励まそうと思って昨日アップした曲を送ったら、いろいろな反応が戻って来た。一番驚いたのは、都内で居酒屋レストランを展開するZ氏からのメッセージである。彼は地元の市議会議員を目指したこともあるバリバリの自民党応援団だ。ぼくは政治宗教の垣根を越えていつも人と向き合っているのだけど、Z氏はその中でも政権寄り思考を強く持つ、地元を愛し、祖国を愛し、困った人がいたら助け、日本人が大好きで、首相を中心に日本をどこまでも盛り上げて頑張るしかないんです、辻さん、と言い続けてきた熱血中小企業事業主(居酒屋のおやじ)だった。彼から届いたメッセージはこのようなものである。原文のママ。
「お疲れ様です。有難うございます!連絡嬉しいです。いま 日本の飲食業界は、特に東京は大ピンチです。僕も何軒か潰すことになりそうです。もしかしたら会社も終わるかもしれません。できるだけ 足掻きます。日本政府は助けてくれません。疫病を止めること、自分達が生き残ること、どちらを 優先すれば良いのかわかりません。今の僕は社会道徳より自分達が生き残ることを優先するしかできなさそうです。辻さんも大変だと思いますが頑張って下さいね。連絡嬉しいです。有難う御座います」

日本政府は助けてくれません、のところで僕はため息があふれ出た。Z氏にこれまでどんだけ日本政府が素晴らしいかを力説されてきたことか。逆を言うと、政府はこのような国難の時に一番自分たちを支えてきた中小企業や事業主の人たちを「経済優先」というあいまいな言葉で見放しているということか。小口貸付制度があるが時間がかかり過ぎて間に合わないとZ氏は訴えた。(ここの部分、再度、本人に確認をしたところ、コロナ小口貸付は最初の頃はスムーズだったが、今は応募が多すぎてあっせん面談までに物凄く時間がかかり、面談が出来ても、そこからさらに待たされ、その間に想像以上の経営圧迫がおき、間に合わないとのこと。香港だと政府が全店舗に300万円程度をすぐに支給し、その場を凌ぐことが出来たのだという)政策金融公庫の人たちも頑張ってくれているとは思うけど、とにかく間に合わない、とZ氏は嘆いていた。※ここでまたZ氏から連絡があった。家賃が払えないことを大家に正直に伝えたところ、2店舗の大家がその店が好きだから再開できるまで要らないよ、と言ってくださったらしい。涙。大家さんだって、厳しいだろうに。日本人ってほんと素晴らしいね。しかし、この重要な局面を国民の人情だけに任せていていいのだろうか…

外出自粛要請によって人々が外出を控えれば、居酒屋やレストランに人が来なくなる。感染拡大を防げるが、政府は店舗を守るための補償を口にしていない。開けるのは自由です、ということで、そうなるとZ氏のような人はますます苦しくなる。きちんと政府が欧州各国のように事業主に補償する必要がある。外出自粛要請だけだして、店は開いていていもいい、というのはものすごい矛盾だ。補償をしたくないので、見殺しにしているという風にZ氏が思うのも当然であろう。
欧州では、きちんと国が国民のためのロックダウンをし、レストラン経営者には補償を行っている。スペインなどは100%補償されるから国家的な封鎖に踏み切れた。国の財政はかなり大変だと思うが、国民があってこその国だ。人々の生活を守るからこそ、ロックダウンへの国民的協力を得られている。フランスでも80%以上の補償がある。(店舗の家賃は政府が持ち、従業員の失業保険から従業員給料は補填される。さらに経営者を守る補償がある)それでも、知り合いのフランス人レストラン経営者は潰れそうだと不満を漏らしている。フランス政府がこれらの補償をせぬまま、ロックダウンを発動していたら、国は大分裂を引き起こしていたかもしれない。

終息の目途が立たないこれほど強力なウイルスに何もしないで勝てる国なんてどこにある? ロックダウンなんかやらないと言い切っていたジョンソン首相も舌の根が乾かないうちにロックダウンへと方向転換した。それでも、昨日の英国の死者は700人にまで登っている。日本が躊躇し続けている緊急事態宣言なんて、ロックダウンに比べれば、ほぼ効力のないただのがんばろう宣言。欧州で、状況を見つめているぼくからすると、3週間後の日本を想像するのが恐ろしい。その時、もはや政府に残された手はないだろう。それを待たず、医療崩壊が起きる。緊急事態宣言は藁の壁に過ぎない。ロックダウンでも低い煉瓦の壁でしかない。乗り越えてくるウイルス兵士の威力はものすごい。でも、ロックダウンをやることで、医療崩壊はある程度だが、防ぐことが出来る。問題は補償制度だ。法律の壁などいろいろと問題があるだろうが、そこは政治家の仕事である。何か援助策を打たないと大勢の自殺者を出すかもしれない。欧州では経済的補償があるので、自殺者はまだ出ていない。みんなコロナを怖がって、逆に、政府を信じ、生きようとしている。でも、真面目な日本国民の、仕事一筋で生きてきたZ氏のような人たちはどうだろう、と心配になる。
別のアーティスト仲間のY氏から、今度はこのようなメッセージが入っていた。
「あざす!元気そうで何よりです!東京は全く検査されてないので、実際はサイレントキャリアがめちゃくちゃ多いと思われます。僕の兄も、1週間の熱と味覚嗅覚障害で、確実に症状からしてコロナだったのですが、医者が要請しても、何回お願いしても、保健所は検査してくれませんでした。で、ロックダウンと補償も曖昧なので、普通の風邪と認定されたまま、上司からは店がピンチだから熱引いて2日後に出社しろと言われてます…。なので今日から仕事ですね。皆んなどーかしてる。やばすぎますよ、日本。今日も高円寺は人、人、人…」

この最後の一文、今日も高円寺は人、人、人、というのはフランスが感染爆発を起こす直前、ロックダウンのまさに前日までのパリ市内各地の雰囲気にそっくりだ。効力の弱い緊急事態宣言だが、何もないよりはまし。出歩く人には少なくとも有効かもしれない。そして、Y氏から届いたメッセージで一番の国の問題は、コロナの症状が出ていることが明らかな人に対しても保健所が検査しない実情である。感染の疑いがあるのに、会社や職場で働いている人が日本国内にどれほどいるのかを想像してみてほしい。フランスやベルギーだと、疑いのある人は主治医が判断し、家から出ることが出来なくなる。今、日本は「何とかギリギリ持ちこたえている」などという状況だろうか?先手先手で強力な対策を講じていくのが政治の仕事だが、布マスク二枚の支給政策は、マジ残念である。

むしろ、政府をあてにせず、国民は自己防衛の努力を今以上にやるしかない。それぞれの家庭の中で、出来る限りの家庭封鎖をしていく必要性である。いつも通りの生活はもう出来ない。早く気が付いて思考を変えることが生き残りのためのまずは第一手となる。価値観が変わるだろう。第二次世界大戦の後のように、あるいはそれ以上に…。遊び歩いて大騒ぎをしている若者が感染して、無症状のまま、自分の親や祖父母などにコロナを移していくのが心配である。そのためにロックダウンが必要なだけだ。ロックダウンをしてもぼくはこの世界が年内中に元通りになるとは考えてもいない。今朝、公演延期を発表したぼくのライブも、主催者と検討をして、それなりの終息の期間を探って、新たに打ち出したいと思っている。ちょっと、先になるけど、Don’t Stop Music! 







JINSEI STORIES
滞仏日記「数字からみる、日本のことが本当に心配な理由」
Posted on 2020/04/08
辻 仁成 作家 パリ
某月某日、20時に教会の鐘が鳴るのと同時に人々が窓から顔を出し、手を叩く。毎日、同じ人たちと顔をわせるのだけど、悲壮感があり、目があっても目を逸らされ続けてきた。となりのマダムだけが「こんばんは」と言ってくれていた。ぼくと息子はアジア人なので、仲間に入れてもらえないのか、と思って、でも、毎日、ぼくは窓を開け、命がけで働く医療従事者の皆さんへの感謝を込めて手を叩いていたのだ。するとむかいの建物の最上階に住む老夫婦がぼくにはじめて手を振ってくれた。かと思うと、その隣の建物の一つ下の階の若いご夫婦とそのお子さんがぼくに笑顔を向けてくれた。そして、いつもぼくと視線が合うと窓を閉めていた中年の男性が今日初めて、笑顔で、しかも手を振ってくれたのである。この笑顔が意味するものは何か。でも、今日がロックダウンからちょうど3週間目にあたるからかもしれない。こういう感情を連帯と呼ぶのだろうか。

しかし、今日のフランスは日別死者数が過去最大の833人を記録し、トータルの死者数は一万人という大台を超えてしまった。エドワー・フィリップ首相は国会で、「全く終息の目途が見えない」ということを語った。オリビエ・ヴェラン保健相も「終わりからは程遠い」と国民にくぎを刺した。法令を守らず外出する人が後を絶たないので、フランスはこれまで認められていた一キロ以内一時間のスポーツの制限を明日からより厳しくすることになった。午前10時から19時までスポーツが出来なくなってしまったのだ。なので今日は嫌がる息子を連れだし、二人で小一時間走ることになった。フランスはたぶん、来週あたりに感染のピークを迎えることになるだろう。イタリアも死者数が今日、若干増加したが相対的には減じているし、スペインも明らかに死者数が減ってきているので、ロックダウンの効果は少しずつだが出ているように思う。
ところで、緊急態宣言を発令した安倍首相が記者会見で「このペースで感染拡大が続けば、感染者数が2週間後には1万人、一か月後には8万人を超える」と発言された。この感染者数はPCR検査をしていない現状における増加数を述べていると思うが、実際の数字は感染者数ではなく、死者数でみる必要があるので、欧州の過去のデータと比較してみた。ぼくの手元には6日の厚生労働省の数字しかないのだが、4月6日、日本の感染者数は3906人、死者が80人とあった。フランスで死者が80人なのは3月13日にあたる。この辺りは、前日12日が約60人、(13日、80人)翌日14日が90人という割りと緩やかな増加率を推移している。ちなみに、13日フランスの感染者数は3664人、今日の日本は3906人。感染者数と死者数はほぼ同じとみていいだろう。(フランスはイタリアの11日後を追いかけていると言われている。それは3月3日になり、驚くべきことにこの日のイタリアの死者数は約80人と一致する。また、イタリアとフランスはともに人口6000万人規模だ。人口で言えば、日本はフランスのほぼ倍なので、一概に比較できない)死者数80人だった3月13日から、3週間と3日が過ぎたフランスの今日、4月7日の死者数は10,000人を超えた。(この中には老人ホームで亡くなった人の数も含まれている)3週間と3日後5月1日になる。死者数がフランスと同じ増加率だった場合、しかし、病床数がイタリアよりも少ない日本で、これだけの出来事が起こったとすると、果たして7都府県だけの緊急事態宣言で大丈夫か、という不安がおきる。

日本人はマスクの装着を長年習慣化しているし、政府の指示に従うし、清潔好きだから、欧州の増加率がそのまま当てはまるとは思わない。他にも日本の死者数が増加しない様々な説が囁かれているけれど、一方で、ニューヨーク州の増加率はもっと早いスピードで欧州をも上回ってしまった。今日のフランスの死者数10,000という数字の恐ろしいところは、亡くなられた方々がほぼ全員集中治療室を通過してきた人だということ。さらに、その後ろにもっと大勢の集中治療室を必要とする方々がいるということだ。医療崩壊の危機を日本の医師会が訴えてきたのはそういう理由だ。一度、人口呼吸器をつけると、すぐには外せないし、その患者に付き添う人も必要となる。3週間後、5月1日の日本が心配だ。この悪い想像が実現しないことを願