冬眠の準備を始めたい



唄種です。




何故人間は冬眠できないのでしょうか。
いっぱいご飯食べて、暖かいねぐらで寒い冬が過ぎ去るのを待つ。
そんな風に過ごすことが出来ればいいのに。

...まあ私の場合、寝汚すぎて、そのまま永久の眠りに着く可能性もありますが。
それはそれで幸せかもしれん。


最近、寝ても寝ても寝足りないんですよねぇ。寒くなったらお布団から出たくなくなるってレベルじゃなくて、目覚ましの音が聞こえないし体も動かないし、やっぱり冬眠するべきじゃないかなと思うんですよ。

人間って、生活するだけで地球環境を破壊しているわけだから。ワンシーズンくらい寝てていいと思う。その間に肉食動物に食い荒らされたりしちゃうのは怖いけど。そこは科学の力でなんとか。
あ、でも冬眠中に起きて犯罪が蔓延る可能性もあるのか。

人間がもしも、セミのように1週間しか生きられないとしたら、犯罪なんか犯してる暇ないですよね。なんとしてでもその間に生物としての責務を果たさなければ。

そういう意味では、私たちって時間も知恵も無駄なほど与えられすぎてるんじゃないかな。

必要なものってなんだろうと考えることすら愚問じゃないのかしら。


お布団に転がって、最高に怠惰な時間を過ごしながら、冬眠したいとか言ってる私が言えることじゃないけれど。


昨日はDVDで『暁のローマ』を見ました。

{68D2E191-4D2A-4187-8738-462C8A7A5392}


宝塚男役のトップオブトップと言われる轟悠さんと、当時月組トップの瀬奈じゅんさんのW主演。
ローマ帝国建国あたりの話?なのかな。カエサルとブルータス、アントニウスやオクタヴィアヌスと言った世界史で『聞いたことある!』あたりの話です。でも、勉強したのオクタヴィアヌスだけな気がする。『ブルータスとお前もか』はシェイクスピアでしたよね。宝塚的ローマ帝国でした。

いや~、なんといっても宝塚のくせが強いなぁと感じる作品でした。

『カエサルはえらい』
『ブルータスはえらい』
『大きいわ、大物よ』

これらすべて群衆の歌に繰り返し出てくる歌詞です。
なんていうか...わかりやすいけど、わかりやすいんだけど...

率直すぎて、面白すぎないかしら?


『ローマはみんなのもの』
『ローマは私のもの』


民主主義を貫くブルータスと、ローマ帝国には、偉大な支配者が必要だと考えるカエサル。
ブルータスを厚遇するも、考え方の違いが徐々に浮き彫りになり、暗殺されるカエサル。

『男はみんな王になりたい』
『男はみんな野心がある』

共和制を謳うローマ帝国で王になることはこの国の在り方に反すること。しかし、カエサルはその指導力、カリスマ性から民衆達に王になってほしいと望まれていた。カエサルはそれを幾度となく断る。


『王』ではない、『カエサルはカエサル』だ。

言葉でいくら言っても、事実上カエサルが独裁者であったことには代わりないのでしょう。

人は強いものに傾倒し崇拝していくものです。


そうとはわかりつつもローマのためとカエサルを暗殺。愛ゆえだったと最後まで話すブルータスの言葉を一体誰がどこまで信じたのでしょうか。

『ブルートゥス、お前もか』
『ならば、いい』

考え方は、人それぞれ違って当たり前だし、一国を思う気持ちの違いというものは、リーダーとなりうる大人物であればあるほど、人の命をかけることになるのでしょう。それは、国のためなのか、人のためなのか、自分のためなのか、判断するのは自分で、評価をするのは他人。

ブルータスは、共和制の名の元にカエサルを暗殺したけれど、カエサルにも国を思う心があり、忠実な腹心のアントニウスの巧みな演説により民衆は、ブルータスはローマの父を殺した重罪人と煽られます。

アントニウスとオクタヴィアヌスはついにブルータスを追い詰め、自害させるに至ったのです。

壮大なお話ですが、こと細かい事象の描かれ方が省かれすぎてて、勿体なかったなぁ。宝塚はお話ではなく、設定とヴィジュアルと音楽を楽しむものかなと思います。


ただ、オクタヴィアヌスの北翔さんが可愛くて。超可愛くて。オクタヴィアヌスはあまり登場シーンはありません。

カエサル暗殺後、アントニウスに自分がカエサルの後継者だと伝えられます。しかし、アントニウスは若い彼にローマを三分割し、そのうちの一つを自分が収めると言い出します。

カエサルに忠誠を誓ったはずのアントニウスは、自分がカエサルの後を継ぎたかったんですね。若いオクタヴィアヌスに全て持っていかれてたまるか。

『アントニウスなんかにローマを渡しません』
『ローマは私のもの』
この時点では心に秘めたる思いなんですが、最終的にローマの皇帝になるオクタヴィアヌスの心情を1曲歌っています。
この歌を生で聴けた方が本当に羨ましい。

空間が鳴るって、こんな感じでしょうか。
...まぁ、映像なんですけどね。
それほど思い切り歌っているふうではないのに声がどんどん広がる。
いいなぁ。生で聴きたいなぁ。

と、どんだけ北翔贔屓やねんと怒られそうな感想文。笑
しかし、少し古いこの作品、歌のうまい方がたくさんいらっしゃって、そういう意味でも見応えありそうです。
コテコテの宝塚って感じがします。
私は結構好きでした。

北翔さんが出演していれば、割と満足なのかもしれませんが。笑

明日はミュージカル『スカーレットピンパーネル』を見に行きます。
宝塚じゃありませんよ~。
とっても楽しみ!
久々に夜ふかし


唄種です。


弟に先にお風呂を取られ、待ちぼうけ。
寝ようかな。


さて。昨日手首を怪我しました。

{BD881B30-4963-4476-9645-C99E9FED4721}

...なんか。なんかね。
嫌な感じよね。


手首って、血が止まらないのね。
そんで、身をえぐったからか結構痛いし。

こんなとこ、自分で傷つけちゃダメよ。



って、そんなことをブログに書きたかったわけじゃなくて。


先日、日吉イクラ先輩の映像作品に参加させていただきました。
48時間で映画をとるという大会です。
たくさんの団体が参加しているそうです。

詳しくはこちら↓↓
http://48hfp.fffproduction.com

私は企画の趣旨がよくわからないまま(笑)
撮影に参加。存分に楽しませていただきました。

{25AAEAC4-70AF-44CF-9B7E-E1E7DF8D90D3}

{F451DD59-3B8E-425D-8E3E-8CF10BEF5D17}
参加者全員です。おなごばかり。


おひとりずつのご紹介。

{639E4FBE-61AA-4574-81AC-9351327CA8F3}
うえまっちゃん

{B5F1B5FD-8AF8-4E96-B479-3CA0D1413C99}
あいなちゃん

{AB289ABF-8FC5-42C0-B901-45B32AE56399}
とみぃさん

{865C0CAB-1851-4A1F-A9EF-915473D56703}
主宰のイクラ先輩&かおるちゃん

{3DC533BA-9CA7-4E06-80F1-83BE5259D55C}
そして、私。


さぁっ
なんのポーズでしょう?!
大体、7割くらいの完成度でしょうか。わかった人はかなりその道のマニアじゃないかな!

映像作品って面白いですね。
撮影はとても楽しかったです。
またもし動画がアップされたらご紹介しますね。

〇タイトル
『ぐらんどぱ・ぐらんどぱ・GRANDPA』
〇団体名
イクラ組
〇ジャンル
ミステリー
.....のはず。



11月3日に上映会があるので、行って来ようかと思います。

編集された映像はまだ見てないので、
とっても楽しみ。

{E5BC24D7-9AA2-48D5-B9CF-397E18257400}

イクラ先輩が開いてくれたお疲れ様会で、一人一人にお花をくれました。
可愛いカーネーション。

我が家にある花瓶が渋すぎる...
宝塚っぽい名前な


唄種夢です。



今気づいたけど、タカラジェンヌにいそうな名前だな。

でも私の後輩に花咲夢幻ってのが居て、その子には負けますね。あ、ちなみに、元劇団員の鈴風夏音。おや、こちらもジェンヌっぽい。愛甲みなこだってジェンヌっぽいよ。あれ?全員ジェンヌ?朝陽和斗は流石に...って、瀬戸かずやというジェンヌさんがいるくらいだから、居てもおかしくないか。

歌劇しちゃう?


ちなみに、私は舞台で歌ったことあります。

アフロかぶってキーボード弾きながら。


ヅカメイクだけはしたことないなぁ...。
瞬きで音が出そうなほどツケマツケルしてみるのも、楽しいかもしれません。
もちろん、全員です。
楽しみにしててください。





さて。お寒ぅございましたね。
こんな日は鍋でも食べて温まりたい。

しかし、野菜が高い。
べらぼうに高い。
父が残念そうに『白菜が高い...』とぼやいておりました。
私は、いつか父が農民になるのではと思っているのですが、母には鼻で笑われました。そんなことが出来るはずがないと。

でも、うちの父方の祖父は優秀な農民でした。地域のジャガイモの品評会では賞賛され、自作の蕪で作った漬物は高級料亭に卸され、自作の農具まで作成してしまうこだわりっぷり。

いわは父は農業界のサラブレッドとでも申せましょうか。
後は岐阜の山奥にある土地に、住める家を建て始めたら...。


岐阜の山奥。
ブログでも何度か登場してますが、田舎すぎる田舎として名を馳せる(?)祖父の家。

今はもう住人はおらず、木造の廃屋の中には竹が伸び放題。ちょっとした心霊スポットになってないかしらと思うのですが、色々な人の色々な思惑により処分できずほぼ放置。時々、祖父の妹さんが掃除らしきものに行ってるらしいですが、掃除なんかじゃどうにもならないほどの荒れ方なので、何しに行ってるのかはよくわかりません。

祖父の家。何かがあって叫び声をあげたとしても、誰にも聞こえません。
ただ、空き巣も諦めるほど奥地なので、万が一何者かに襲われるとしたら、祖父が実はどこかの国のスパイで命を狙われているか、人間以外の生物によるものか、どちらかでしょう。
祖父がもし、隠密だったなら...
否、ありえない。というより、似合わない。

やはりうちの血筋は農民。
育てた食物が育って、雨や日照り、寒波といった天候と共に泣いて笑って生きてきた種族なんでしょう。

ほとんどの人が昔はそうだったんですよ。
自分の将来とか夢とか、そんなもの考える人なんてごく一部だったんですよね。
やりたいこととかやりたくないこととか、考えることもなく生きることが唯一の目的だったんですから。

では、今私たちってどう生きるべきなんでしょうね。ある程度の自由が許され、この情報が溢れている中で、様々な道を知ることも見ることも出来る。
選ぶのは難しいんだなって。
でも、その場面は必ずくる。

そういう流れに身を任せたり自分の心のままに動いたり、今はそうして生きていけばいいんじゃなかろうか、と思うのです。
いや、私は実際そうしてきたんですけれど、これからもそうやっていいかなって。

年齢、環境、体調、世間体モロモロ、気にすることは沢山あるし言われるし、どこまで考えても読み切れない。
だったら、気持ちの流れはそれは自分の自然な流れなんだって、そのまま受け止めて動けばいいって。

うん。そうなんだよ。
なんかすんごくいい言葉に包んで言ってるけど、物凄く自分勝手気ままに生きたいって言ってるだけなんですよね。

こんなに自由に何でもできるから、逆に何したらいいのかわからなくなって、暴走したくてたまらない感じとでも申せましょうか。
誰にでも悩みはあるだろうし、人生に迷ってることってあるんでしょうけれど、それでも何食わぬ顔で自分のあるべきを知って振る舞える人は本当にすごいと思う。

自分を信用できる人って言うのかな。
そういう人は本当に尊敬できる人だと思います。
朝ごはんをしっかり食べる



唄種です。



最近、朝ごはんをたくさん食べて会社に行きます。
『ごはん』ですよ。『パン』じゃないです。

わかってたことだけど、やっぱりご飯の方がお腹持ちが良い。もち麦ご飯を父親が炊いて冷凍してくれてるので、それを勝手に拝借。朝ごはんしっかり食べたらお昼までに飢えることがないので、イライラしません。

出来るだけストレス感じない様にしとかないと、壁に頭打ち付けたくなるからね!


さて。フィリピンの大統領がいらっしゃいましたね。同僚から聞いたんですが、更にバナナ市場を日本に広げたいとかなんとか。それにより、フィリピンでは10万人の雇用が生まれるとかなんとか。

マジか。
すごいですね。フィリピンのバナナ市場。どんだけバナナに頼った国なんだ...。
確かに、バナナのイメージしかないけれども。私の脳みそも軽薄だけども。


私はほんとに最近『北翔海莉狂』なので、ちょっと浮世離れしておりましたが、フィリピンのドゥテルテ大統領は、とても発言の個性的な(過激な)方のようですね。『フィリピンのトランプ』と揶揄されている様ですが、彼は既に大統領という立場に立っている人なので、発言の重みは大分違うでしょうね。
トランプさんの発言は、まだパフォーマンスと見なされますが、彼の場合は国の代表なので、即ち国の発言とみなされます。
その発言の中身、ゴシップに面白おかしく書かれてしまって、言葉の汚さが浮き彫りになってしまっていますが、長らく植民地として虐げられてきた歴史からすると、『何にも支配されていない』今は国の体制を整える大事な時期で、他の国からの干渉を過敏なほど跳ね除けてしまうのかもしれませんね。
人間だって、自分という人間を意識的に作ろうとしている時、自己確立がなされる時は反抗的になることがありますよね。反抗期は必要だと思うのです。ただ、やっぱりたくさんの国からの協力を得ながら成長していくことになると思うので、先進国であろうと、発展途上国であろうと、それぞれの国に誇りを持ちながらも相手の尊厳も充分思いやれる外交がしあえれば一番宜しいですよね。当たり前だけど。

私一個人としても、反省すること多々ございます。相手を思いやれなかったなぁと思うことが山ほど。戦争勃発、冷戦状態だってあります。

私個人で起こっている事は、国単位でも起こっているんですよ。人ひとりと社会全体に何の違いがあろうか。
そう思うと、ニュースも何もかも、時々茶番じゃないのかって思ってしまう時があるんです。
すべてお芝居みたいだなぁと。
もしかするとどこかに脚本家がいるのかもしれないですよね。
良い天気ですね。


唄種です。



寒くなりました。
でも、暑い時もあります。

体温を調節できないんですけどどうしたらいいんでしょうか。

若年性更年期でしょうこれは。
症状全部当てはまるもん。


...さて。
そんな唄種の体調不良自慢はさておき。

昨日『のどじまんTHEワールド』を見ていました。
私の母親はこの番組が好きなようで、放映される時は必ず見ています。
私も歌は好きなので引き込まれ、ついつい最後まで見てしまいます。

日本語の曲を外国人が歌う。
各国の歌を愛する人が、様々な日本の曲を聞かせてくれる、日本人としても日本の曲を改めて新しい解釈を加えて聞くことが出来る面白い企画です。

しかし何度も思うのは、外国語で歌うということの難しさ。発音やイントネーション、フレーズの繋ぎ方、それらはすべて言葉の意味を理解して、歌詞に気持ちを乗せることに繋げる。
『歌』を『表現』に変えられる人は素晴らしい歌い手だと思う。
でも、なぜ『歌』という形になっているかというと、ただ言葉で伝えるよりも、素直に人の心に届いたり、美しいと感じ心地よいからだと思うんですよね。

基本的に人に聞かせる時には、十分な技術が必要とされるものだし、その力があってから、自分の表現が生まれてくるんだと改めて思いました。

歌って聞かせる、引き付けられる。
宝塚やミュージカルを見てても思います。
自分という器を超えちゃってるなぁと思う歌い手さんを見ると、泣きそうになります。そういう歌をもっともっと聞きたい。
その歌ってる姿や全身でダンスしたりお芝居したり、とにかく見ている人に自分のすべてを見せようという気迫を感じたいから姿を見たい。
その人の努力の結晶を見に、舞台へ行ってるんだと思います。

細部に渡るまで、意識を張り巡らせている人の演技は何度見ても飽きません。
いつか自分がまたお芝居する時には、この思いを持って望みたいと強く思います。