「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」というのは、ジャズのスタンダード・ナンバーの1曲です。
日本語に訳すと、「私を月に連れてって」ということでしょうか。
![ウルトラマン・Hの ひとりごと](https://stat.ameba.jp/user_images/20110222/23/weapon6013/8c/3f/j/t01880268_0188026811068422090.jpg?caw=800)
1954年にバート・ハワードが作りました。
当初のタイトルは、「In Other Words」でした。
この言葉は曲の中にも出てきますが、日本語に訳すと、「言い換えると」となります。
私を 月に 連れてって
そして 星の 空間で 遊ばせてよ
木星や 火星の 春は どんなのか 見せて
でも これを 別の言葉で 言い換えると
手を つないでて っていう 意味なのよ
要するに キスして欲しい ってことなのよ
発表された当時は、曲調はワルツ(3拍子)で、今よく耳にするアレンジとは相当違っていたようです。
最初にレコーディングしたのは、「ケイ・バラード」でした。
「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」というタイトルが付けられたのは1956年のことで、「ジョニー・マティス」が収録した際に初めて付けられました。
![ウルトラマン・Hの ひとりごと](https://stat.ameba.jp/user_images/20110222/23/weapon6013/30/79/j/t02200225_0222022711068445527.jpg?caw=800)
今よく耳にする「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」は、1962年に、ピアニストでアレンジャーだった「ジョー・ハーネル」が、曲調をボサノヴァにアレンジして発表したものです。
それを「フランク・シナトラ」がカバーして、爆発的な大ヒットになったのです。
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その頃米国は、「アポロ計画」の真っ只中にあった時期で、人類の月旅行が目前に迫っていたこともあって、この曲が大ヒットしたと考えられます。
そんな訳で、1962年以前の録音は、ワルツで唄われているものが多いようです。
1955年にクリス・コナーやアニタ・オデイが収録したもののように、前半をワルツで、後半のリフレインをジャズ調の4ビートで唄っているものもあるようですね。
![ウルトラマン・Hの ひとりごと](https://stat.ameba.jp/user_images/20110222/23/weapon6013/06/99/j/t02200190_0240020711068422660.jpg?caw=800)
1962年以降はボサノヴァのリズムのものがほとんどで、私の好きなジュリー・ロンドンやアストラッド・ジルベルト、その他数え切れないほどのシンガーがカバーしています。
ヒッキーこと宇多田ヒカルさんもカバーしていました。
![ウルトラマン・Hの ひとりごと](https://stat.ameba.jp/user_images/20110222/23/weapon6013/72/60/j/t02200191_0240020811068422696.jpg?caw=800)
また、インストルメンタル・ナンバーとしても知られていて、オスカー・ピーターソンのジャズのアレンジが特に有名でしょうか。
私の ハートを 歌で 満杯にして
そして 永遠に 唄わせてね
あなたは 私の 永遠の 憧れ
全ての 尊敬と 崇拝
でも これを 別の言葉で 言い換えると
ずっと 傍にいて欲しい っていう意味なのよ
つまりはね あなたを 愛してる ってことなのよ
50年以上も前に作られた「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」、今聴いても色褪せた感じが全くしません。
後世に残る名曲ですよね。
つづく