の上手下手が受験成功のカギだと感じています。昨日書いた、教育学部出身で教育のプロが教えるノートというのは医学書(教科書)や参考書、そして講義ノートを丸写ししないで自身の言葉で表現する事。そして余白を多めに取り勉強を進める度に書き込みを続ける。前提として、徹底した項目分類に裏付けされた上で、そのように作成されたノートは宝となるのです。
(過去国家試験問題を解きながら知識を広く吸収するという受験勉強の手法もあります。どちらが良いかというのには個体差が有ります)
大半の大学教授の講義が難しいのは学生が理解していない(出来ない)、という事が理解できない状態で進めるからです。教授自身が1つ聞けば5つ理解できるような頭脳をお持ちですから仕方ないのでしょう。私は高校まで「成績音痴」でしたから、学生さんがどこで躓くか手に取るようにわかります。そこに教育学部出身教授に教育されたわけですから学生にとって最良の講義をしている、と自負していました・・・国家試験が終わるまでは・・・。現実にはすべての学生さんに満足して頂く講義というのは無理でしたが。(今年も)
それでも学生時代の定期試験では私のノートが威力を発揮しました。何人もの同級生が重宝してくれた時は嬉しかった。助かった・・・、と同級生実家のご両親からお礼をされた時には気恥ずかしかったです。同じようにノートづくりを習っている(学年が同じで教育学部出身の教授から講義を受けている)のに何故私のノートが分かりやすいのか・・・。それは誰もノートを作らないからなのです。メンドクサイから過去問だけで済ます。成績が良いヒトはそれが通用するのでしょうが、「成績音痴」だった私には無理。ですからノート作りに拘ったのです。
学生時代、このノートから定期試験の予想問題をつくりました。微生物学(記述)予想問題を10問作成し、なんと9問当てた事があったのです。教養課程で成績が悪かった私が3年生で何が起こった・・・「そうだwe85は微生物学の問題を知っていたのだ。問題漏えいがあった」と思われていたのです・・誤解だ。私にとっては問題作成者の心理になって予想問題をつくったのですが・・・。そして同じ学年の後期試験では私の予想問題が大人気になったのは嬉しかった。もっともあまりに汚い字なので満足に読めない・・・という声も多く聞こえてきたのです。