大騒ぎするような感染症でもない新型コロナに世間は三密回避だの外出自粛だのと言い続けています。その結果呑みの店では呑むヒトの本音が垣間見えるような現象が生じています。11時半開店の京都駅前にある立ち呑み屋での事です。前回も混雑していましたが、昨日も12時の時点で満員だった。テーブル席でもカウンターでも隣席と密接し、アクリル板という野暮ったい物もありません。
呑むヒトは気にしないのでしょう。私も立ち呑み屋のレベルを超えた新鮮な刺身盛り合わせとカツオの叩きで瓶ビールをグビグビっと呑みました。カウンターには知り合いも多かったのですが、あまりに混雑していたので、同行者と2人で先に退店。勿論新型コロナを気にして出たのではなく、後の客に席を譲る意味と最初から呑み過ぎると後が続かないという理性が働いたから出ました。
山陰本線に乗って7駅。いつもの場所で昼呑み続きです。今回は6人で二階のお座敷に上がります。外で眺める保津川と全然違った景観です。古い温泉旅館の宴会場のような雰囲気で昭和な空気がプンプン。この空気が大好き。色々とお料理が並びなしたが、中でもモロコと牡蠣の天ぷらが絶品。他のヒトらは焼酎を呑んでいましたが、私はビール。あっという間に3時間が過ぎていました。2階貸し切りなので大声で話しても誰にも迷惑はかかりません。
酔うと声が大きくなります。帰りの狭いタクシー空間でも話続きます。昼呑みするヒトらは新型コロナなんて気にしませんが、タクシー運転手には迷惑だったのでしょう。自身が良くても相手が気にする場合には配慮すべき・・・と考え、私は助手席から後の席のヒトと話すのを止めたのです。(マスクはしていませんが、タクシー乗車拒否された事は一度もありません。今回も)
街中に帰り表題のタイトルを又実感する事がありました。8時以降もやっている店に6時頃に着きました。満席でした。そこで呑みなおし・・・。すると客はどんどん増えてきます。そんな広い店ではないので入れません。それでも増えてきて、8時を過ぎると8時まで営業店のマスターやスタッフも来ます。席がないので立って呑んでいるヒトも。新型コロナ騒ぎがなければ、これほど混雑しないでしょう。呑むヒトは三密よりも開いている店を求める、ここでも本音が見えてきます。