ネット上での意見として、「マスクなんてネクタイと同じ」とありました。つまりマスクを着ける事に意味などないが、周りのヒトを不快にさせないためにマスクが必要だというのです。一見納得しそうになりました。しかしすぐに否定。
私は自身の結婚披露宴の事を想い出しました。以前の職場医師(私よりも25歳年上)は真冬でも大雪でも半袖Tシャツ1枚で行動されます。ホテルや祇園街のお座敷でも半袖Tシャツ1枚。(だから陰で半袖先生と言われていた)この時、同じように招待した男性が「あの半袖先生、we85の披露宴には半袖という事ないよな、ネクタイ着けて来るのがwe85やご家族へのマナーだからね」と私に言ったのです。
私もネクタイをしない方です。今も講義をする時にはノーネクタイでジャケットだけ。以前歯科診療する時にも白衣の下にネクタイをしていましたが、最近はしません。邪魔ですから。しかしいずれも他人に不快感を持たすわけではありません。ネクタイが無くても、です。(学会出席の時にはスーツとネクタイで行っていました。周りを不快にさせないために)つまりネクタイの有無は場所やヒトによるように感じています。(結婚披露宴でのノーネクタイも確かに不快かもしれません。件の半袖先生はきっちりネクタイをされていました)
このネクタイに対してマスクは全く意味が違います。世間が新型コロナを怖い怖いと洗脳し、あたかも感染すると死亡するような感染症という間違ったイメージがつくられただけなのです。「洗脳されたヒト」を不快にさせないためにマスクをする、という考え方って危険でしょう。(自身も洗脳された者のひとりになってしまう)マスクを着けない事よりも、マスクが必要という誤った情報を流し続けられている風潮こそ考え方や感じ方を見直す必要があります。周りのヒトを不快にさせないためにマスクをする、という主張には筋が通っているように見えて実は「臭い物に蓋」をしているに過ぎないと私は思うのです。