私の事を『先生』と呼ぶのは学生さんと患者さんだけ。近所のヒトも呑み屋のオネエサンも私の事、『先生』ではありません。がしかし慣用句として呼ばれるわけですから、あえて訂正しません。呼ばれれば丁寧に返事をします。学生時代、スナックの女性に『先生』と言われると真剣に抗議し露骨に嫌な顔をしていた大学講師が半面教師です。(癖が強いこの先生とは呑み友だちだった。=50代で亡くなったが)
最近昼休みに通い始めた喫茶店で、私は何故か高校教諭という存在になっていたのです。ご一緒するヒトが私の事を『先生』と呼ぶので、マスターや常連客が勝手に私の事を高校教諭と思っていたようです。(いったい何の科目担当なのか?国語か社会か体育科・・・)
私は教諭という人種が苦手です。小中高と嫌な思いをしてきました。不幸な事なのですが信用と尊敬できる教諭に出会った事がありません。ですから(高校)教諭には不信感しかないわけです。
私は自身の職業をむやみにヒトに申し上げる事に抵抗がありました。がしかし今回、喫茶店で名刺を出したのです。久しく差し上げてない名刺、少しくたびれていました。妙なところに気を使ってこれまで自身の素性を隠していたのが少し寂しかった。今回、高校教諭と誤解されていた故にあえて本音を話した・・・。
(立派な教諭も多くいらっしゃいます。現に私のブロ愚にコメントいただくお身内の方も教育者の鏡のような方がおられる(た)とのこと。私自身がたまたま教諭に傷つけられていたからという理由だけで、教諭不信を記事にするのは問題ですよね。お許し下さい。)