私が勤務する歯科医師国家試験受験予備校ではお祓いしたお守りを学生に持たせ、合格祈願としています。可能な限り学生さんを神社に同行させご本人もお祓いしていただくのです。私は正直なところ馬鹿馬鹿しいと考え苦笑しています。貴重な時間をナンセンスな事に取られるのは如何なものでしょうか。気分転換にサーフィンに行く、気分転換にテニスをする・・・私は否定しません。しかし合格祈願に学校単位で行くというのは絶対に変です。
夏休みに帰省した時、合格できるように亡くなったお婆ちゃんにお願いする・・・という学生さんが時々おられます。(なぜか亡くなったお爺ちゃんではなく、お婆ちゃんなのです)しかし大きな誤解だと私は思うのです。亡くなった身内にあっては子孫を心配されるでしょう。しかし加護できるのは神様。亡くなったお婆ちゃんに『合格出来ない。合格させて・・』と訴えると何も出来ない仏さまは苦しむはずなのです。ですから亡くなったお婆ちゃん、お爺ちゃんに助けを求める事は止めるべきだと思います。
私は無宗教ですが想いはあります。お願いは神様、そして仏様には辛い事を言わずに無理をしてでも安心していただく事が大切・・・という話を聞いたことがあるのです。お墓参りでお願いするというのは無意味どころか仏様を苦しめる事に繋がるそうです。
話がそれましたが、私は神頼みが嫌いです。神頼みで安心してしまう事に問題があるのです。しかし自身のチカラ(努力)でどうにも対応できない事象にあっては神頼みも否定しません。(できません)受験には当てはまりませんが。神頼み、心の安らぎを求めるのなら良いのでしょうか。しかし仏さん(お墓参り)には自身の現状を安心して頂く事だけを考える・・・。生きている先祖(つまり両親、祖父母)には心配をかけられないのと同じでしょうから。
目に見えない世界も時に大切にする必要があります。ヒトの世は心で回っている・・・なんて私が申し上げると話が変な方向に行くかもしれません。神様への合格祈願の話から精神世界について色々考えた日になりました。