「正しく恐れる」 | we85のブログ

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糖質制限11年目となる歯科医です。歯科界の歪み、私自身の日々などを書いています。ベールに包まれた歯科医師国家試験の現状についても追求。

休日出勤のときよりもヒトが少ない車内や繁華街を見ていると不気味な気持ちになります。「(新型コロナウイルスの)入口がいい加減故に出口が見えない」という事務のおじさんの言葉に妙な説得力を感じたのです。私自身、出口を探す事は無理、と(皆が)認識した時に新型コロナウイルスと共存できる世の中になると信じています。もっとも今、「ウイルスと共存」というと目を三角にして反論するヒトが居るので大きな声では言いにくい。

 

新型コロナウイルス、というよりかヒトがすべての感染症を恐れるのは「重症化して死ぬ」という最悪の転帰を想定するからです。ですから感染しても治癒する事の方がはるかに多い事を知れば恐れる事などありません。新型コロナウイルスの致死率は全ウイルス感染症の中で特に高いわけではありません。この単純な事実が報道されないのが本当に不思議。

 

私は基礎疾患がある方のみ徹底した人込みを避け、通勤だけでなく日常の買い物も避け、一定の施設に隔離すべきだと考えます。そして健康なヒトにあってはたとえ感染していても症状がなければ普通の生活をすれば良い。というのは極論でしょうか。がしかしこの考え方こそが真の意味での新型コロナウイルスとの共存だと思うのです。そして感染者数が増加しても感染による致死率が極端に減少すると思います。

 

怖いのはウイルス感染ではなく、ウイルス感染による死亡(あるいは合併症による重症化)なのです。世間では特に意識せずとも軽快し治癒する新型コロナウイルス感染を問題視し過ぎだと思います。そんな感覚ではヒトはウイルスに精神的に負ける、と言うのは言い過ぎでしょうか。「正しく恐れる」という専門家も居ます。しかし私からすると言葉が一人歩きしているようにしか感じられません。