20年近く毎年続いている行事に花見があります。この時期100人以上が集まる持ち寄り宴会で凄く楽しいのです。アルコールか摘みを1品持っていくのが条件で、紹介者が無いと入れないのですが1度参加すると誰もが満足できる花見だったのです。
2月になると案内が送られてきます。毎年それを見ると「もうすぐ春だなあ~」と嬉しくなります。季節的にも仕事上でも相当な精神的ストレスを蓄積させる私にとって、花見案内を見るとホッとした空気に包まれました。今年も即、出席の返信を出し、当日を楽しみにしていたのです。がしかし数週間前に中止のお知らせが・・・。
世間が新型コロナで騒がしくなった頃、世間では自粛ムードにあっても花見の会だけは中止になる事などない、と思っていたのです。それは運営側のヒトらのお顔を思い浮かべ、世間の風潮の惑わされる事なく冷静な判断が出来るヒトの集まりだと感じていたからです。(屋外の広い場所で集まるだけですからライブハウスのような閉鎖空間でもない)
参加者の中には有名人も居ます。年に1回だけ顔を合わす方もあるでしょう。そして花見の会には高齢者も多いのです。中止の案内には「桜は来年も咲くので、来年に今年の分まで楽しみましょう」とありました。私は文章を書いたのは若いヒトだと思ったのです。そして高齢者にとってこの文章は酷だと感じました。どこかの知事もテレビで同じこと行っていました。「桜は来年も咲く。だから来年に今年の分まで楽しめば良い」と。
花見の会が中止になった事、決定した運営側にヒトを責める事も出来ません。おそらく熱い議論が交わされ最後まで意見が分かれた事でしょう。私は年に1度しか会わない方々とお会い出来ないのが残念です。それでも来年を楽しみにする事できます。しかし、高齢で身体に不安がある方が本当にお気の毒だと思うのです。だから「桜は来年も咲く」と言う言葉って軽々しく言うものではない、と感じています。