基礎疾患があるヒトに歯科診療をする事は難しいです。思わぬ偶発症につながる危険があるからです。ですから消極的な姿勢になってしまう事は否めません。そして、それが決して悪いとは思わないのです。歯科診療の目的は症状の回避。生活の質を落とし、時に命を削ってまでの苦痛に耐える必要などありません。患者も歯科医も治療を中断あるいは放棄するのも選択肢の1つだと考えます。具体的には痛みや腫れが無くなれば補綴処置をしない事です。
「やらない」と「できない」は違います。「できない」のに「やってしまう」歯科医は論外。私は何らかの基礎疾患がある患者に対しての観血的処置には消極的です。私、年齢は50歳で他所から見るとなんでもできそうな風貌です。白衣は七難隠す、というのはどこで聞いた言葉でしょうか。私も例外でなく白衣を羽織ると何となく何でも歯科診療ができる雰囲気になるそうです
日常診療で特に気を遣うのが抜歯と膿瘍切開です。どちらも局所麻酔が必要となります。健康なヒトには何でもない処置なのですが有病者に対しては怖い。そして投薬にしてもすごく慎重にならざるを得ません。もっとも入院患者さんに対してが多いわけですから、難しい問題には触れません。これは自衛手段に1つでもあるわけです。外の基幹病院に紹介するのは極力避けるのですが、「私には無理」と思いかつ緊急性を要する症例では躊躇せず依頼します。
暴れる患者に対しては処置に時間をかけません。精神疾患がある方の中には痛みを訴えず、虫歯がすごく進行しているケースもあります。しかし小児と一緒。苦痛な歯科診療の時間は最低限に済ますのです。それが安直な処置内容であっても良いのです。歯科診療とは痛み等の苦痛を取る「手段」。「手段」が「目的」になってはいけない、と常々考えています。「できない」歯科医=(私)の言い訳でしょうかね。