昨日の内容と矛盾するかもしれません。補足、と解釈していただければ幸いですが・・・。実は「かかりつけ歯科医」が必要なヒトもいるのです。もっとも相手(歯科医)が誰でもよいわけではありません
必要なヒトというのいは高齢者で入れ歯に精神的依存をされている方です。具体的には「合わない入れ歯は死につながる」という気迫で私(歯科医)にせまる患者さん。スタッフは馬鹿にしますが、私は認知症のヒトゆえの本能だと感じています。食べられないと生きていけない、という思いが入れ歯への執着になっているように思うのです。
このような場合、適切な入れ歯の調整をして患者さんに納得してもらおうとするとドツボにはまります。理屈では解決できない難しい部分なのです。どんな調節をしても納得されない。(=脳科学の問題。)しかし療養型施設の非常勤歯科医には何がドツボか理解できないはずなのです。 教科書どおりの入れ歯調整なんて意味が無い場合が多い。
入れ歯不適合という主訴にあって例外として、やはり一応、かかりつけ歯科医の存在が必要な場合もあると考えます。決して非常勤歯科医では無理。対応に苦慮します。歯科医と患者の信頼関係が治療に繋がる・・・。(この歯科医なら安心、という思いで入れ歯調整をすると認知症の歯科患者は満足される。)
同類として口腔心身症のヒトにあってもかかりつけ歯科医が必要です。この場合定期的に患者さんの主訴に耳を傾けるわけです。そこにも信頼関係があってはじめて歯科診療の意味があるのです。舌が痛い、ノゾ(口腔内)が乾く、顔面や口腔内が痺れる・・訴えには傾向がありません。
歯科心身症とは器質的な疾患がないわけですから。いっけん歯科との関連が無いような主訴も歯科医に持ち込んで来られます。これが歯科心身症の典型例だと考えています。
かかりつけ歯科医も時と場合によっては必要だと理屈でわかっています。がしかし、それは特異な症例に対してだと思います。私自身、かかりつけ歯科医を求める事は無いと思います。歯科界の内情を知りすぎましたから・・