幅広い商品展開で、サンダル類の生産高では全国トップクラスを誇ったマルチウ産業。広範な販路と高い技術力をあわせ持つ有力企業が、なぜ倒産への道を進むことになったのか? そこには「少子化」と「デフレ」という時代の変化によって生じた、大きな誤算があった……。著書『倒産の前兆』がある企業信用調査会社「帝国データバンク」が、マルチウ産業の末路をひもとく。
 

「ライセンス商品」で絶好調
マルチウ産業(以下、マルチウ)は1968年5月に設立され、サンダル、ビーチサンダルを主力に、スニーカーやケミカルシューズなどの靴類を外注で製造してきた。
設立以来、順調に事業を拡大させ、全国に一次、二次あわせて約120社の販売代理店を持ち、ピーク時の2002年3月期の年売上高は約54億1600万円を計上していた。
この好業績を支えていたのは、多数のブランドライセンサーとの間で結んでいた、ライセンス契約だ。マルチウは、サンリオ、バンダイの人気キャラクターをはじめとしたライセンス商品を取りそろえ、老若男女問わず幅広い商品を企画してきた。
サンダル、靴ともに、サンリオを中心とするキャラクターライセンサーと組むことで、人気キャラクターを利用できる点が、マルチウの最大の強みだったのである。
とくにサンダル類の生産高は全国でもトップクラスを維持し、材料の仕入れ面で、生産規模が大きくなるほど経済効率が上がるというメリットがあった。
その中で、労働力の安い海外外注先の開拓にも積極的に取り組む。会社設立以降、製造加工は、子会社のマルチウ大船工業など国内の外注先で行なってきたが、徐々に中国、台湾、ミャンマーのメーカーに外注先をシフトし、価格競争力の維持・向上に努めたわけだ。

 

「成功法則」が崩れるとき
売上は好調、同業間の価格競争にもぬかりなく対応し、これならば経営は安泰かといえば、そうではなかった。
ビジネスでは、常に世の中の傾向、消費者のニーズに合致する道を探らなくてはならない。ひとたび世の中が変化すれば、従来の成功法則は、いとも簡単に崩れてしまうのだ。
マルチウの場合、従来の成功法則に深刻な影響をおよぼした要因は主に2つ。「少子化」と「デフレ不況」だ。
少子高齢化が叫ばれて久しい日本だが、マルチウの業績に如実に影響し始めたのは2011年の少し前からと見られる。
サンリオ、バンダイの人気キャラクターとなれば、当然、メインターゲットは子どもだが、少子化で全体のパイが縮小する中、競合製品に押され、売上は減少基調で推移していく。ピーク時は54億円を超えていた売上高は、2011年3月期には約27億1400万円と半減してしまった。
加えて、バブル崩壊後、「失われた20年」を経てからも一向に景気は回復せず、デフレが進行したことも同社の経営状況に深刻な影響をおよぼす。
デフレ進行を受け、小売業界全体で販売価格が低下した。消費者の間でも低価格志向が強まったが、だからといって、消費者が安いものしか買わなくなったわけではない。
とくに服飾品では、多少お金を出して「いいもの」を買う一方、「普段使いのもの」には安さを求めた。つまり「高価格」と「低価格」という商品の二極化が起こったのである。

 

ニーズに合わせるべきだった
靴・サンダル業界も例外ではなかった。消費者のニーズは1万円前後の高価格帯、もしくは1000円以下の低価格帯に分かれた。
しかしマルチウの商品の価格帯は、1足2000円から3000円の「中価格帯」が中心だった。
同業の各社が値下げ競争を繰り広げる中、マルチウが値段を下げられなかったのは、自社の商品企画力を発揮したものづくりにこだわっていたからだ。そのために中価格帯の商品販売から脱することができず、消費者ニーズに的確に対応できなかった面は否めない。
もっといえば、これこそがマルチウ倒産の最大の原因と見ていいだろう。自社らしさへのこだわりは大切だが、それが業績悪化に直結するようでは本末転倒だ。
「高価か安価か」という二極化した消費者志向をつかみ、それに応えるような商品展開を模索していれば、同業他社との競争に勝てる目はまだあったかもしれない。
さらに、デフレ不況によって、主要販売先の大手靴小売チェーンの店舗が減少したことも、マルチウの業績に響いた。
こうした要因に加えて、以下の2つの影響も無視できない。

1つ目は、販売先で独自のプライベートブランド商品を製造・販売する動きが拡大したこと。「商品を製造する者」「商品を販売する者」という分担構造が崩れたことで、マルチウのようなメーカーは少なからぬ販路を失うことになった。
これが追い打ちとなって、販売先の仕入れ数量の減少が続くという、負のスパイラルから抜け出せなかったのだ。
 

「最大の強み」が裏目に出た
 そしてもう1つは、キャラクター人気に振り回された局面があったこと。ライセンス取得によって人気キャラクター商品を扱えるという、マルチウ最大の強みが裏目に出たかたちだ。
2015年3月期の年売上高は約23億5400万円で、前期比38%増。つまり一時的に売上が伸び、営業段階(売上高―売上原価で算出される売上総利益から販管費を引いた額)で黒字転換を果たした。これは、当時大ブームとなっていたアニメ番組「妖怪ウォッチ」を用いたサンダルの販売増によるものだ。
翌期もブームは続くと見たマルチウは、同じキャラクター関連の商品を多数仕入れた。
しかし予測に反して、ブームは早くも一巡して鎮静。目論見が外れたことで、2016年の年売上高は前期を9億円も下回る、約14億3600万円に急減した。
立て直しを図るため、海外生産委託先の見直しや人件費などのコスト削減に注力するものの、肝心の売上減少には歯止めがかからず、ついに2018年8月28日に民事再生法の適用を申請。くしくも会社設立から50年を迎えた矢先の出来事であった。
販路も技術力も申し分なかったマルチウ産業は、こうして倒産に追い込まれた。
その最大の盲点は、移り変わる世情や市況に応じて、製造体制や価格設定などを変更し続けなければならなかったことだ。同社の事例は、企業を取り巻く環境の変化をつぶさに観察し、ときには創業以来のこだわりから脱する必要もある、という教訓をはらんでいる。