街は人でごった返している。どこが人口減少の一途なのか。
あと二回ほど指を折れば三十路となる私よりも明らかに若いコ達が至るところで笑っている。どこが少子化なのか。
鼻で笑う私の横を女子小学生が着ると可愛らしそうなカラフルな洋服を纏った初老の男性が通りすぎていった。こんなトラップもあるようだ。それでも人の不足は感じない。
いつかの言葉が頭を掠める。
私の幼少期に実家の近所に住んでいた科学博士が言っていたように本当に人型ロボットが街中に存在しているのかもしれない。七十億も人がいれば、世界のどこかに一体ぐらいはそんな人間がいるのではないか。
内心期待してはいるけど、残念ながら“異人”は見当たらない。遭遇したいわけではないけど、私に従順なら距離を縮めてもいいと思っている。
普段はできない上から目線の心理に自嘲しつつコードレスの音楽プレーヤーを耳にはめた。
録音をしていたラジオをBGMにしながら露店を見てまわる。苛立ちを半分すっと消してくれる声の主は相変わらず毒を吐きながらもリスナーを喜ばせる。不安定な心にそっと寄り添ってくれる温かみのある低音。その分厚い包容のおかげで自分の足元ばかり見て歩いていた私は、街の顔も人の顔も今は視界に収められる。
すべて一品物というブラックボードの文字に目が止まり、青みがかった一粒の真珠に引き寄せられネックレスを手に取った。私を見つめる店の女と目が合う。蒼白いカラコンをした女は少し不気味だが、その笑顔の奥に汚れはなさそうだった。
世の中の1日も終盤にさしかかった頃、少し着飾って歩く。
リスナーからのリクエストで早春ジャッカルの曲が流れた。いつの間に私の心は覗かれたのだろう。せっかく涙の流し方を忘れていたのに、綴られる言葉すべてに胸が共鳴してしまう。歌ではなく直接ぶつけてほしかった。
私にとってはまだ1日が始まったばかりと言うのに、化粧を直す隙もなく長時間勤務を終えた人のように他人には映ることだろう。
すれ違う顔見知りに労いを込めたお疲れ様とうわべだけのお辞儀を使い分け、ロッカーに向かった。無口な私にも気軽に話しかけてくるいちご味の綿菓子みたいな先輩が正面から両腕を掴んできた。
「今日、なんか可愛い。そのメイク似合ってる」
凡そ3分で仕上げ紆余曲折を経た顔面に対し、目を丸くしながら適度に頷いている。味音痴の社長から差し入れで貰ったお菓子が意外と美味しかった時と同様の顔だった。嫌みでなく、本心のようだ。
普段滅多に使わないロッカーの小さな鏡と対峙してみた。滲んだアイメイクは私のつり目に優しさをもたらしてくれた。
顔を合わせなくて済むコールセンターのオペレーターは、最初こそ緊張したものの、ある程度マニュアルを覚えれば、自分には欠けている気品のある女性を堂々と演じられるうえに、時給もいい。
働く前に最も心配していた人間関係も大して苦労がない。オペレーターのほとんどが似た者同士と呼べたからだ。人見知りに高給狙いに夢追い人に干渉されるのを嫌う人。互いに当たり障りのない距離感を保てるのは、居心地が良かったりもする。
バイトを終えた道すがら、濃い青のグラデーションが夜明け間近を知らせてくれる。
雑踏を避けて歩くうちに公園を通るルートが私の帰路となった。
今日も芝の斜面に少年が立っていた。いつも彼は空を見上げている。時折何かを発見した表情をするが、それは彼の勘違いなのかすぐ落胆する。
同じように空を眺めてみるが、空しかない。
私は地上に視界を戻した。彼の探し物が見つかることを願って、いつも通りそこを後にする。
ふと空を見上げると、鳥が飛行していた。思わず少年の方へ振り返ったが、何の変化も見られなかった。私の靴紐がほどけているだけだった。