多分に外国人を意識飛鳥山という江戸の桜の名所に別邸を構えたのも多分に外国人を意識してのことであろう。地方都市にもみられ、住友の企業城下町新居浜の近く、瀬戸内海の阪島にある住友家別荘「日暮別邸」、松山藩主久松家の別邸「萬翠荘」などが当時をしのばせる。「萬翠荘」は皇族の宿泊施設としても使われたが、当時、地方では、行啓の際の宿泊施設として旧藩主によって立派な洋館が建設されることがあり、片山東熊による鳥取の「仁風閣」、松江の「興雲閣」など貴重な洋風建築として保存されている。