指向性が強過ぎると行動不能になる。例えば、何時に学校へ行くと決めていても行けない。何時間も前からそのことを考えていても結局気疲れして何もできなくなるのだ。
 1時までは普通の一日だった。いやもしかしたら9時の時点で若干おかしくなったのかもしれない。おばあさんに癌と生活習慣について説かれた時には日常から大きく離れていたみたいだ。
 次に気が付くと夕方だった。学校が…と思ったがさすがにどうしようもない。
 頭はボーっとしていた。パソコンの前に座り、次にすることを考えた。
 容赦のない7時間が過ぎた。12時過ぎにシャワーを浴び、ようやく気づいたのは小さなことをこまめにやるのが一番なのだということだった。あとはいい加減生活に疲れたため、自然に朝型の生活に戻ろうと思いついた。
 鏡の前で自分を叱りつけ、反省させた。 今日は久々に9時に起き上がることもでき、余り何事も重大に考えず、気の向くままにやらねばならないことをソフトに倒そうと思った。
 気楽に。
 起き上がると午後一時を5分過ぎたところだった。たまらなく憂鬱になった。
 休みの日においてはどのような生活も許されるが時間を睡眠によって取られてしまった罪悪感がこの上ない。
 そんな午後は本を読んだり、海外ドラマのDVDを見たりと大忙しだった。いつの間にか6時となり、今日も一日が終わった。
 今日は早く寝ない。寝ないというと多分寝ると思う。
 自分のひねくれた性格なのか。やろうと宣言するものは決してやらない。その代わりにその脇にあるものに全力を注ぐ傾向がある。だがおかげでひと月以上悩んでいたことが解決することもある。
 今日の場合はアラビア語だ。モンゴル語を俯瞰するつもりがアラビア語の文字の練習になった。だがおかげでアラビア語が一歩進んだ。
 ひと月経ってようやく効果的に始動したアラビア語。木曜までは残り三日。今週も何も出来なさそうだが日々小さな進歩を繰り返しているのでよしとしたい。
 最近、走っていない。以前は毎晩のように走っていたが部屋の外に出るのがまず面倒である。末期症状だ。このまま部屋の守神にならないように日々活発に活動したい。
 明日から個人的一週間の始まりだ。他人に比べると勉強ばかりのつまらない生活だと自負しているが、これが2010年10月の生活だったと後々まで記憶には残るだろう。 人間悪いこと、辛いことをバシバシ忘れていく。そうやって思い出は作られていく。素敵な思い出をだ。まあ今しかできないこと、しないことに心血を注ぐのが一番である。これがマイ・ストラテジー。
 モンゴル語への大攻勢。快進撃は続く。今日中に半年分を俯瞰できたらまずは1ポイント獲得だ。
 本当にロシア語をやっててよかったとモンゴル語のために言うのはお門違いだが、キリル文字のこととかを考えるとロシア語は悪くない選択だったと思う。
 一番なんとかしないといけないのはアラビア語だ。存在を忘れていたが、今週も授業はやってくる。しかもマイペースは奇しくも崩壊の寸前である。若干の火遊びも大切だ。
 半年分のアラビア語をひと月で何とかするのは実際のところ無理ではないのかもしれない。だが同時進行9ヵ国語となると話はかなり緊迫してくる。確かに勉強しない自分が悪いが、もし教師以外にその点を指摘されるのなら心外だ。
 フランス語も大分本腰入れないとそろそろ文法事項も本格的になってきた。ドイツ語は前回の授業に出なかったため皆目見当がつかない。
 アラビア語の次に問題なのは古典語三兄弟。ギリシャ語、ラテン語、サンスクリット語。どいつもこいつも合理的という言葉知らないらしい。
 この三兄弟は現在のところ非常に絶望的な状態だが、文系の人文である以上は憧れの的だ。個人的に。
 朝6時。真夜中に比べると文章が固くなる。さすが深夜のテンションは一種独特なものなのだと思う。
 朝は現実的だ。真夜中は精神が夢と空想の世界に飛び立ちつつあるのだろう。
 まあ、とにかくしっかり生きよう。