1/17にNHKホールでトゥガン・ソヒエフ指揮のマーラー6番「悲劇的」を聴きました。もうすでにこの回を今年のベスト5に選んでもいいと思うようなすばらしい演奏で、6番を聴いてこれほど手に汗握るような気持ちになったのは久しぶりです。

ソヒエフの指揮は実に簡潔明瞭。出だしの低弦の刻みを、全身の気迫を込めて始める指揮者は大勢いますが、ソヒエフはヒョイヒョイと基本のテンポを指示するのみというような指揮ぶりです。

細かいところまで目配りしながら、必要なところはじっくり聴かせる演奏で、かといって曲の長さを感じさせるようなことは全くありません。

各パートはよく歌うし、リズム感ははっきりしているし、全体的に風通しがよく、それでいながら重量感・スケール感も十分という、この曲でこんな演奏が可能なのかと目から鱗が落ちるような気分でした。

2楽章にアンダンテを持ってきた実演は初めてでしたが、これはこれでありというか、何となくベートーヴェンの7番を思わせるようで、上記演奏スタイルと併せて、よりクラシカルな交響曲の枠組みに近くなったように聴こえました。

ホルンやトロンボーンのソロも実に見事。ハンマーの打撃は2回、竹島さんが顔を真っ赤にして振り下ろしてバッチリ。

現在は特段のタイトルを保持していないソヒエフが、毎年1か月滞在して共同作業をしてくれるのは本当にありがたいです。ロシア音楽・フランス音楽で傑出していることは疑いないし、今回初めてマーラーをN響と演奏して、この分野でも客席からかなりの支持を集めることに成功しました。もう次の首席指揮者あるいは音楽監督の有力候補が誰なのか明らかです。

と同時に、この演奏を聴いていて音楽は残酷だなとも思いました。全体がこれほど高次元で統一されると、自分の限界をあらわにしてしまうプレイヤーがいることがわかってしまったからです。

もちろん、その人がまずい演奏をしたというわけではないんです。ですが、マーラーの演奏において決定的な役割を果たすパートは、全体の更に一段上を行くプレーを余裕でしないといけないんだということがよくわかりました。

さて、N響100周年事業の一つの「演奏記録アーカイブ」と「資料アーカイブ」が先週公開されました。早速見てみると、中学生の時に初めて自分でチケットを買って出かけた公演(今は無き駿府会館)のことも掲載されていました。こういうアーカイブを見ていると、あっという間に時間が経ってしまいますね。