娘が8月に4歳になった。あと2年ちょっとで小学生。早期教育の問題もあるだろうが、1歳くらいから学研に通わせるとともに、ディズニーの英会話(DVDとCDのやつ)をやらせている。
そろそろ、本格的に勉強をさせようと思うのだが、僕が小学生のころ(幼稚園時代は勉強をした記憶がない)の勉強への打ち込み動機を思い出しつつ、子どもが勉強をするための必須の要素について以下の3点を考えてみた。
一つ目は、テレビやゲームなどの競合が自分の部屋にないこと。
最近では、個室にこもらせずリビングで勉強をやらせるのが主流らしいが、僕が小学生の時には個室で勉強をしていた。そもそも僕はテレビはあまりみない子どもであったが部屋にないことが余計にそれを加速し、ファミコンは家にあったが平日は30分、休日は1時間という厳格な規則の中で、ほとんどやった覚えがない。そもそも、ソフトはほとんど買ってもらえなかった。親が一緒にできるゴルフものぐらいかなー。ドラクエはやったけど。
二つ目は、読書が好きだったこと。
そもそも読書は勉強であり、勉強をするための必須の要件にならないのでは?と思われるかもしれないが、ここで言う読書は漫画だったりする。漫画以外では、ファーブル昆虫記や怪盗ルパン、シャーロックホームズ、少年探偵団シリーズ等を読んだ。とにかく漫画や小説ジャンルにこだわらず自分が好きな本を読み漁った。そういう感じで読書が大好きになり、小学生高学年には三島由紀夫の「潮騒」や夏目漱石の「ぼっちゃん」等を読み始めた。潮騒は最高に面白かったが、「ぼっちゃん」は小学生の僕にはよくわからなかった。よくよく考えれば、当世随一の知識人、漱石がその教養をもとに執筆したのだから、小学生で読んでも面白くないのはなかばあたりまえか。
とにかく読書好きで、気がつけば高校生の時には、国語の全国模試では上位100番以内に入る成績をおさめることができた。
最後は、学校の先生だろう。
僕の担任は小学生の時から国語が専門の先生が多かった。こういう先生は教え方が抜群に上手い。まず、徹底的に音読させ文章を覚えさせる。有無も言わさずだ。その後、執筆者の背景やその作品ができるまでのストーリーを教えてくれる。これにより、僕達は作品の世界を追体験できる。
追体験は前にも書いたが、教育の最大の目的だと思う。
小学校時代の勉強に打ち込んだ理由を書いた。いまの子にもある程度あてはまるのではないだろうか。