《二つの世界をつなぐ橋》 第4話 家は終わっても、つながりは終わらない | 「6」 愛の狩人

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誰かの正解を受け取ることではなく、自分自身で観て、感じて、氣づくこと。
世界を観ることは、自分を知ること    

《二つの世界をつなぐ橋》

第4話

家は終わっても、つながりは終わらない

前回、

「本質へ立ち返る」

ということについて書きました。

 

 

 

新しいものを足す前に、

本来あったものを、

もう一度思い出してみる。

自分は何者なのか❓

何を大切にしたいのか❓

何によって生かされているのか❓

そんな問いに戻っていく。

そのきっかけになったのが、

親戚から聞いた、

「この家も終わりだ」

という一言でした。

その言葉は、

思っていた以上に、

私の中に残りました。


🏡 「家が終わる」とは、どういうことなのか❓

その家は、

母方の祖母の家です。

子供のころ、

盆暮れ正月になると、

親戚が集まりました。

大人たちが話している。

子供たちが走り回っている。

料理が並ぶ。

笑い声がする。

今振り返ると、

そこには、

今では当たり前ではなくなった風景がありました。

家という建物だけではなく、

人が集まる場所

だったのだと思います。

でも、

年月が過ぎる。

人が年を取る。

子供たちは大人になり、

それぞれ別の場所で暮らす。

結婚する。

家族が増える。

世代が変わる。

そして、

ある日、

「この家も終わりだ」

という言葉が出てくる。

家を売る。

墓じまいをする。

土地を整理する。

そういう話が、

現実のものとして出てきます。


🌱 でも、本当にすべて終わるのでしょうか❓

家を手放せば、

そこにあったものは、

全部なくなるのでしょうか❓

私は、

そうは思いませんでした。

家はなくなるかもしれない。

名字の流れも、

一区切りつくかもしれない。

お墓も、

形を変えるかもしれない。

でも、

そこで生きた人がいた。

そこで笑った人がいた。

そこで泣いた人がいた。

そこで育った人がいた。

そこから、

たくさんの子供たちが、

それぞれの場所へ巣立っていった。

その事実まで、

消えるわけではありません。


🌳 家系は「一本の線」ではなく、広がっていく

私は、

子供がいません。

だから、

自分のところで、

一つの家系の流れは終わります。

親戚の家も、

男は一人だけで、

その子供は二人とも女性。

すでに嫁いでいます。

そう考えると、

「この家も終わりだ」

という言葉は、

たしかに現実味があります。

でも、

少し視点を広げると、

景色は変わります。

いとこたちには、

子供がいる。

その子供たちにも、

すでに子供がいる。

孫が成人し、

ひ孫まで生まれているところもある。

つまり、

一本の家の流れは細くなっても、

命のつながりそのものは、むしろ広がっている。

そう考えることもできます。


🧭 「継ぐ」とは、何を継ぐことなのか❓

ここで、

一つの問いが出てきます。

継ぐとは、

何を継ぐことなのでしょうか❓

名字なのか?

家なのか?

土地なのか?

財産なのか?

お墓なのか?

それとも、

記憶なのか?

人と人とのつながりなのか?

その場所で、

どんな暮らしがあったのか?

誰が、

何を大切にして生きていたのか?

そういうものも、

次へ渡せるものなのではないか❓

私は、

そんなことを考えるようになりました。


🌾 田畑もまた、記憶を持っている

その家の周りには、

昔、

田畑がたくさんありました。

今では、

そのほとんどが手放されています。

でも、

一区画だけ、

畑が残っています。

年老いた體で、

今も、

そこで野菜を育てています。

その姿を見ると、

土地というのは、

単なる資産ではないのだと思います。

そこで、

何年も土を触った人がいる。

季節を見て、

種を蒔いた人がいる。

雨を待った人がいる。

収穫を喜んだ人がいる。

うまく育たなくて、

困った年もあったでしょう。

その積み重ねが、

土地には残っています。


🌱 土地を「所有する」と、土地と「つながる」は違う

土地は、

登記上では、

誰かの所有物です。

売ることもできます。

買うこともできます。

相続することもできます。

でも、

人と土地との関係は、

それだけではないと思います。

その土地で、

何を育てたか❓

何を食べたか❓

どんな季節を過ごしたか❓

どんな人が、

そこに立っていたか❓

そういうものは、

契約書には残りません。

でも、

人の中には残ります。

だから、

土地を受け継ぐということは、

必ずしも、

所有権を受け継ぐということだけではない。

そこにあった関係を、覚えておくこと

も、

一つの継承なのだと思います。


🪦 お墓を守るということ

帰り道、

私は、

「どうせなら墓守くらいはしようかな」

と思いました。

誰かに頼まれたわけではありません。

家を継ぐと言ったわけでもない。

土地を全部引き受けると決めたわけでもない。

ただ、

自然と、

そういう思いが出てきた。

今でも、

すぐに何かを決めようとは思っていません。

でも、

自分の中から出てきたものとして、

大切にしておきたいと思っています。

お墓を守るということは、

石を守ることではない。

そこにいた人たちを、

忘れないということ

なのかもしれません。


🤝 一人で背負う必要はない

そして、

もう一つ感じたことがあります。

「継ぐ」という話になると、

誰か一人が、

全部を背負わなければならないように感じます。

家を継ぐ人

墓を守る人

土地を守る人

でも、

本当にそうなのでしょうか❓

親戚には、

たくさんの人がいます。

いとこ

その子供

孫

ひ孫

それぞれが、

違う場所で、

違う暮らしをしています。

ならば、

一人がすべてを背負うのではなく、

それぞれが、できる形でつながる

という方法もあるのではないか❓

年に一度、

お墓へ来る人

昔の写真を持っている人

家の話を知っている人

土地のことを覚えている人

子供たちへ、

昔の話を伝える人

それぞれが、

一つずつ持てばいい。

そんなつながり方も、

これからは必要なのではないかと思います。


🌉 「つなぐ人」という役割

私は、

自分には子供がいません。

だから、

「自分の家を次の世代へ残す」

という形の役割は、

ありません。

でも、

別の役割ならあるかもしれない。

親戚と親戚をつなぐ

世代と世代をつなぐ

昔と今をつなぐ

家と土地をつなぐ

人と田畑をつなぐ

そして、

そこにあった記憶を、

次へ渡していく。

「残す人」ではなく、
「つなぐ人」

という役割です。

それなら、

私にもできるかもしれない。

そんなことを、

あの日から考えています。


🌿 つながりは、血縁だけではない

ここまで書くと、

家族や親戚の話に見えるかもしれません。

でも、

私は、

この話は、

もっと広いところへつながっていくと思っています。

自分が、

どこから来たのか❓

誰とつながっているのか❓

どんな土地で生きているのか❓

何を食べているのか❓

水はどこから来ているのか❓

土は、

どうなっているのか❓

森は・・・

川は・・・

田畑は・・・

自分の命は、、、

人間だけによって支えられているわけではありません。

そう考えると、

「つながり」という言葉は、

家族を越えていきます。


🌏 人間だけで世界はできていない

私たちは、

つい、

人間同士の関係だけを見ます。

家族

会社

地域

国家

世界

でも、

そのすべての下には、

大自然があります。

水がなければ、

生きられない。

土がなければ、

食べ物は育たない。

太陽がなければ、

植物は育たない。

植物がなければ、

私たちは生きられない。

どれだけ高度な社会をつくっても、

この関係は変わりません。

そう考えると、

「つながる」ということは、

人と人だけでは足りない。

人と土地

人と田畑

人と水

人と森

人と季節

そこまで、

もう一度、

思い出す必要があるのではないでしょうか❓


🍃 終わるものと、残るもの

家は、

いつかなくなるかもしれません。

お墓も、

形を変えるかもしれない。

土地の所有者も、

変わるかもしれない。

人も、

いつかいなくなります。

形あるものは、

変わります。

でも、

そこで生まれた関係まで、

すべてなくなるとは限らない。

誰かが覚えている。

誰かが伝える。

誰かが、

次の人へ手渡す。

それだけでも、

つながりは続いていく。


🌱 何を残すか?ではなく、何をつなぐか❓

これまで私は、

「何を残すか?」

という考え方を、

よくしていたように思います。

でも、

今は少し違います。

大切なのは、

「何をつなぐか❓」

なのかもしれません。

物を残すだけではない。

土地を残すだけでもない。

考えを押しつけることでもない。

人

記憶

知恵

土地

田畑

自然

そして、

そこに流れていた思い。

それらを、

次へつなぐ

その時、

自分が、

その橋の一部になる。

《二つの世界をつなぐ橋》という名前も、

もしかすると、

そういうところまで含んでいたのかもしれません。

 


次回

第5話

人間だけで生きているわけではない

人と人とのつながりを考えていくと、

その先に、

もっと大きなつながりが見えてきます。

田畑

水

土

森

植物

動物

太陽

季節

私たちは、

大自然の外側にいるのではなく、

その中にいる。

次回は、

「人間だけで世界をつくっている」という感覚から、少し外へ出てみる。

そこから、

共存とは何なのか❓

を考えてみます。

 

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