《二つの世界をつなぐ橋》 第1話 「みんなと同じ道」を外れてみる | 「6」 愛の狩人

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「ヨクワワカッテナイ」

けどネ❕(笑

「直観」と「直感」

( ^ω^)・・・           

《二つの世界をつなぐ橋》

第1話

「みんなと同じ道」を外れてみる

連休のある朝、

いつもよりずっと早く家を出ました。

お墓参りをして、

高齢になった親戚と顔を合わせ、

帰りには、

いつものように富士山の方を巡る。

昼前にはそこを出て、

午後一番には帰宅する。

行きも、

帰りも、

ほとんど渋滞はありませんでした。

反対車線を見ると、

これから出掛ける人たちの車が、

長い列をつくっていました。

同じ休日

同じ道路

同じ場所へ向かっている人もいる。

でも、

動く時間が違うだけで、見える景色はまったく違う。

そんなことを、

改めて感じた一日でした。


🚗 みんなと同じ時間に動けば、みんなと同じ渋滞に入る

これは、

車の話だけではないのだと思います。

連休だから、

この時間に出掛ける。

みんなが休みだから、

自分も同じように動く。

有名な場所だから、

そこへ行く。

人気だから、

選ぶ。

当たり前だから、

そうする。

私たちは、

氣づかないうちに、

かなり多くのことを

「みんながそうしているから」

という理由で選んでいます。

もちろん、

それが悪いわけではありません。

みんなと同じ道を行くことが、

一番合理的なこともある。

安心できることもある。

必要なこともある。

けれど、

一度も疑わずに、

ずっと同じ道を走っていたら、

その道以外に何があるのか❓

分からなくなります。


🧭 行動の習慣と、思考の習慣

私は、

行動の習慣と、

思考の習慣は、

よく似ていると思っています。

例えば、

「普通はこうする」

「常識的にはこうだ」

「専門家がそう言っている」

「ニュースでそう言っていた」

「みんなそう考えている」

そうした言葉を、

私たちは毎日のように受け取っています。

そして、

それを何度も繰り返し聞いているうちに、

いつの間にか、

それが自分の考えのように感じられてくる。

でも、

本当にそうなのでしょうか❓

その考えは、

自分で確かめたものなのか❓

自分で考えたものなのか❓

それとも、

何度も聞いたから、

自分の中に残っているだけなのか❓


🌏 ニュースを観るということ

私が《ニュース天氣図》を続けている理由も、

ここにつながっています。

一つの報道だけを見る。

一つの国の説明だけを見る。

一つの専門家の言葉だけを聞く。

それでは、

いつの間にか、

その人が引いた道の上を

走っているだけになるかもしれません。

だから、

少し離れて観る。

別の国の報道を見る。

時間軸を長くする。

誰が得をするのか❓

誰が負担するのか❓

何が動いたのか❓

何が動いていないのか❓

そんな補助線を引いてみる。

そうすると、

それまで一本しかなかった道の横に、

別の道が見えてくることがあります。


🌿 道を外れることは、反対することではない

ここは、

少し大切なところです。

「みんなと同じ道を外れる」

というと、

何でも反対することのように聞こえるかもしれません。

私は、

そういう意味ではありません。

誰かと違うことをするために、

違うことをするわけではない。

みんなが右へ行くから、

自分は意地でも左へ行く。

それもまた、

「みんな」を基準にしているという意味では、

同じことです。

大切なのは、

自分で選んだかどうか❓

右へ行ってもいい

左へ行ってもいい

同じ道を走ってもいい

別の道を走ってもいい

ただ、

「なぜ自分はこの道を選んだのか❓」

を、

自分で分かっていること。

そこが大事なのだと思います。


🌱 自分の閃きは、余白の中で見えてくる

あの日、

早く出掛け、

早く帰ってきたことで、

午後に数時間の余白ができました。

何か特別なことをしようと思って、

作った時間ではありません。

ただ、

いつもと違う動き方をした結果、

時間が残った。

そして、

そういう時間があると、

今まで目に入っていなかったものが、

ふっと浮かんでくることがあります。

すぐに答えが出るわけではない。

何か大きな閃きが、

毎回降りてくるわけでもない。

でも、

予定や情報で全部を埋めていた時には、

見えなかったものが、

少しずつ見えてくる。

私は、

そこに大きな意味があると思っています。


🪞 刷り込まれた考え方を続けていても、自分の閃きは輝かない

もし、

行動も、

考え方も、

ずっと誰かの決めた時間割の中にいたら、

自分自身の感覚が入る余地は、

どこにあるのでしょうか❓

いつ起きるのか?

いつ働くのか?

何を買うのか?

何を見るのか?

何を信じるのか?

何を恐れるのか?

何を正しいと考えるのか?

そこまで、

全部外側に任せてしまったら、

自分の閃きが出てくる場所は、

どんどん狭くなっていきます。

だから私は、

時々、

わざとでもいいから、

いつもの道を外れてみることが必要だと思っています。


🌉 橋を渡る最初の一歩

《二つの世界をつなぐ橋》は、

いきなり大きな答えを出すための場所ではありません。

まず、

自分の今いる場所を知る。

そして、

自分が走っている道を知る。

その道は、

本当に自分で選んだ道なのか❓

誰かが作った道を、

ただ走っているだけなのか❓

そこを観る。

橋を渡る最初の一歩は、

もしかすると、

そんな小さなところから始まるのかもしれません。


🍃 いつもの道を、少しだけ外れてみる

遠くへ行かなくてもいい

仕事を辞めなくてもいい

生活を全部変えなくてもいい

いつもと違う時間に歩いてみる

いつもと違う道を通ってみる

いつもなら読まない記事を読んでみる

反対側の意見を見てみる

何となく避けていた場所へ行ってみる

自分が「普通」と思っていることに、

一度だけ、

「なぜ❓」

と問いかけてみる。

それだけでも、

見える景色は変わるかもしれません。

世界が変わったのではなく、

自分に観える世界が変わり始める。

私は、

そこから始めればいいと思っています。


次回

第2話

自分の足で立つ――「利己」を取り戻す

いつもの道を外れてみると、

今度は、

「では、自分は何を基準に選ぶのか❓」

という問いが出てきます。

そこで必要になるのが、

自分の足で立つこと。

私は、

それを、

「利己を取り戻す」

と呼んでいます。

次回は、

その「利己」について、

もう少し深く考えてみます。

 

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