《二つの世界をつなぐ橋》
第1話
「みんなと同じ道」を外れてみる
連休のある朝、
いつもよりずっと早く家を出ました。
お墓参りをして、
高齢になった親戚と顔を合わせ、
帰りには、
いつものように富士山の方を巡る。
昼前にはそこを出て、
午後一番には帰宅する。
行きも、
帰りも、
ほとんど渋滞はありませんでした。
反対車線を見ると、
これから出掛ける人たちの車が、
長い列をつくっていました。
同じ休日
同じ道路
同じ場所へ向かっている人もいる。
でも、
動く時間が違うだけで、見える景色はまったく違う。
そんなことを、
改めて感じた一日でした。
🚗 みんなと同じ時間に動けば、みんなと同じ渋滞に入る
これは、
車の話だけではないのだと思います。
連休だから、
この時間に出掛ける。
みんなが休みだから、
自分も同じように動く。
有名な場所だから、
そこへ行く。
人気だから、
選ぶ。
当たり前だから、
そうする。
私たちは、
氣づかないうちに、
かなり多くのことを
「みんながそうしているから」
という理由で選んでいます。
もちろん、
それが悪いわけではありません。
みんなと同じ道を行くことが、
一番合理的なこともある。
安心できることもある。
必要なこともある。
けれど、
一度も疑わずに、
ずっと同じ道を走っていたら、
その道以外に何があるのか❓
分からなくなります。
🧭 行動の習慣と、思考の習慣
私は、
行動の習慣と、
思考の習慣は、
よく似ていると思っています。
例えば、
「普通はこうする」
「常識的にはこうだ」
「専門家がそう言っている」
「ニュースでそう言っていた」
「みんなそう考えている」
そうした言葉を、
私たちは毎日のように受け取っています。
そして、
それを何度も繰り返し聞いているうちに、
いつの間にか、
それが自分の考えのように感じられてくる。
でも、
本当にそうなのでしょうか❓
その考えは、
自分で確かめたものなのか❓
自分で考えたものなのか❓
それとも、
何度も聞いたから、
自分の中に残っているだけなのか❓
🌏 ニュースを観るということ
私が《ニュース天氣図》を続けている理由も、
ここにつながっています。
一つの報道だけを見る。
一つの国の説明だけを見る。
一つの専門家の言葉だけを聞く。
それでは、
いつの間にか、
その人が引いた道の上を
走っているだけになるかもしれません。
だから、
少し離れて観る。
別の国の報道を見る。
時間軸を長くする。
誰が得をするのか❓
誰が負担するのか❓
何が動いたのか❓
何が動いていないのか❓
そんな補助線を引いてみる。
そうすると、
それまで一本しかなかった道の横に、
別の道が見えてくることがあります。
🌿 道を外れることは、反対することではない
ここは、
少し大切なところです。
「みんなと同じ道を外れる」
というと、
何でも反対することのように聞こえるかもしれません。
私は、
そういう意味ではありません。
誰かと違うことをするために、
違うことをするわけではない。
みんなが右へ行くから、
自分は意地でも左へ行く。
それもまた、
「みんな」を基準にしているという意味では、
同じことです。
大切なのは、
自分で選んだかどうか❓
右へ行ってもいい
左へ行ってもいい
同じ道を走ってもいい
別の道を走ってもいい
ただ、
「なぜ自分はこの道を選んだのか❓」
を、
自分で分かっていること。
そこが大事なのだと思います。
🌱 自分の閃きは、余白の中で見えてくる
あの日、
早く出掛け、
早く帰ってきたことで、
午後に数時間の余白ができました。
何か特別なことをしようと思って、
作った時間ではありません。
ただ、
いつもと違う動き方をした結果、
時間が残った。
そして、
そういう時間があると、
今まで目に入っていなかったものが、
ふっと浮かんでくることがあります。
すぐに答えが出るわけではない。
何か大きな閃きが、
毎回降りてくるわけでもない。
でも、
予定や情報で全部を埋めていた時には、
見えなかったものが、
少しずつ見えてくる。
私は、
そこに大きな意味があると思っています。
🪞 刷り込まれた考え方を続けていても、自分の閃きは輝かない
もし、
行動も、
考え方も、
ずっと誰かの決めた時間割の中にいたら、
自分自身の感覚が入る余地は、
どこにあるのでしょうか❓
いつ起きるのか?
いつ働くのか?
何を買うのか?
何を見るのか?
何を信じるのか?
何を恐れるのか?
何を正しいと考えるのか?
そこまで、
全部外側に任せてしまったら、
自分の閃きが出てくる場所は、
どんどん狭くなっていきます。
だから私は、
時々、
わざとでもいいから、
いつもの道を外れてみることが必要だと思っています。
🌉 橋を渡る最初の一歩
《二つの世界をつなぐ橋》は、
いきなり大きな答えを出すための場所ではありません。
まず、
自分の今いる場所を知る。
そして、
自分が走っている道を知る。
その道は、
本当に自分で選んだ道なのか❓
誰かが作った道を、
ただ走っているだけなのか❓
そこを観る。
橋を渡る最初の一歩は、
もしかすると、
そんな小さなところから始まるのかもしれません。
🍃 いつもの道を、少しだけ外れてみる
遠くへ行かなくてもいい
仕事を辞めなくてもいい
生活を全部変えなくてもいい
いつもと違う時間に歩いてみる
いつもと違う道を通ってみる
いつもなら読まない記事を読んでみる
反対側の意見を見てみる
何となく避けていた場所へ行ってみる
自分が「普通」と思っていることに、
一度だけ、
「なぜ❓」
と問いかけてみる。
それだけでも、
見える景色は変わるかもしれません。
世界が変わったのではなく、
自分に観える世界が変わり始める。
私は、
そこから始めればいいと思っています。
次回
第2話
自分の足で立つ――「利己」を取り戻す
いつもの道を外れてみると、
今度は、
「では、自分は何を基準に選ぶのか❓」
という問いが出てきます。
そこで必要になるのが、
自分の足で立つこと。
私は、
それを、
「利己を取り戻す」
と呼んでいます。
次回は、
その「利己」について、
もう少し深く考えてみます。
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ai-kusunoki & 「6」
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