

先日、仲の良い野球好きの友だちと久しぶりに会った。お互いグダグダと日々のことを話して、ご飯を食べて、面白かった。
(どうでもいいにも程がある独り言です、と前もってお詫びしておきます)
ヲタクがアンチになることについて、私は結構しつこく考えている。私は「テミンは大事なのだ」と思っているのに、誰かがその存在を傷付けるのが嫌なんだと思う。そんな話も彼女は面白そうに聞いてくれる。彼女が言うには、そのアンチファンがしてるのは「応援」じゃなくて「恋」だから仕方がないことだと。そう改めて言われると、そんな気がしてきた。恋しちゃったならそうなのかもしれない。その恋が少しでも平穏な結末を迎えるといいな、と思う。
ところで、私は急に「ぽっ」となることがある。仕方がない、恋は落ちるものだから。
20代の時は、家に帰るバスの一番後ろの端と端に座っていたお兄さんが、降りるバス停が同じで、すごく良い匂いがして「ぽっ」となり、途中までついて行ったことがある。(ちゃんと途中まで)
後は、ごはん屋さんのお兄さんが何かすごく素敵に見えて(酔ってたからかも)、電話番号を聞いたこともあった気がする。
もう何十年も生きてきたけど、そういう「ぽっ」ていうのは、案外そんなに沢山はないものなんだな、と思う。そういうのは、「ぽっ」とした時点で満足してて、すぐに終わる。でも、恋みたいなものなんだと思う。
急にこんなことを書きたくなったのは、久しぶりに「ぽっ」としたからで、保険屋さんが鈴木亮平に似てた(マスクしてたからだと思う)から、鈴木亮平が急にすごくかっこよく見える、ということを文章にしておきたくなったのだ。
この動画のトーンを若干落ち着かせたような話し方の保険屋さんだった。久しぶりに良い「ぽっ」だった。

オニュさんは「ぽっ」とはちょっと違うような気がする。オニュさんの涙や優しさや苦しみに共鳴することで、癒やしを感じているような気がする。まだこんな顔して泣くんだ、と思った。オニュが泣く時、「オニュだって泣いてる」と思うのかもしれない。
そして、山下達郎のアトムの子が大好きだ。今日は多分ちょっと疲れてるから、好きなものを羅列して自分を癒すのだ。